そして、海の中から引き上げられた。
大量の水を飲み込んでしまったかのように、突然喉が苦しくなり、俺は大量に咳き込んだ。
そして咳のし過ぎで酸欠を起こす。
どうしよう、盛大に苦しい。
こういう時は……そうだ、深呼吸だ。
大きく息を吸い、それをゆっくりと吐き出す。
たった一度だが心拍もかなり落ち着いたようで、何気にドキドク、とうるさかった心臓が今は違和感などほとんどない。
落ち着いたことを実感し、俺は今の時刻が気になり携帯を手に取ろうとした。
が、見当たらない。
そもそもここは何処だ?
見渡すとまるで見たことの無い部屋のような気もするが、見たことがある気もする。
どうも落ち着いているはずなのに、まだどこか落ち着いていない…というか意識がはっきりしていない気がする。
とりあえず俺はベッドから立ち上がった。
すると、足元で何かが落ちたようでその衝撃と音が響いた。
そこに目をやると、軽く探していた携帯を発見した。
「お、ラッキ-。今何時だろ……」
携帯を開くと時刻はまだ夜中の3時半。
だがそれよりも気になったのは、『新着メール1件』の文字だった。
メールを開き、内容を確認する。
差出人は、妹。
内容は……「――なんだよ…これ……」
どうしてこうなった?
今だけ外出を許された、車椅子姿で入院中の妹と、肩を並べて。
一番最前列には知らない人間達の中に埋まる仲江さんの姿。
全員が黒い服を着て、気味が悪い。
相変わらず状況を飲み込むという作業は俺のスペックじゃダメなようだ。
妹の言葉も、奄美刑事の言葉も受け付けられない。
吐き気ばかりが俺を襲う。
そんなに俺にアタックしたいならいっそ、俺の友達になってくれと言いたいくらいだ。
勿論、却下だが。
『国治さん、大丈夫ですか…?』
頭の中に先ほどの出来事がフラッシュバックを始めた。
『まさか旅行先でこんな事故が起こるとは…。妹さんのこともあるが…なんと声をかければ良いか…。……なんというか、申し訳ない』
奄美刑事と仲江さんの姿が出てきてはまた訳の分からないことを喋る。
「お兄ちゃん大丈夫…?顔色、かなり悪いみたいだけど……。本当に家族、二人になっちゃったね…。一応仲江さんがいるから3人か」
挙句の果てには妹まで何を……。
「……え?」
「…?聞こえなかった…?やっぱりかなり体調悪いでしょ。顔、青いよ…?」
心配そうな妹が、車椅子から身を乗り出すくらいに俺の顔をまじまじと見てくる。
「ん、いや……大丈夫…。まだ、実感無いなというか…ボーっとするというか……何があったんだろうなと思って」
「もう…。やっぱり体調悪いんだ…。でも仕方ないよね。お父さんもお母さんも、あんな遺書を残して死んじゃうなんて酷いよね…。お土産まで準備して…持ってた通帳全部遺書と一緒に置いておくし…」
朝、メールを確認して俺は家を飛び出し病院へかけこんだ。
病室に行くと、妹はテレビと書類のようなものと4冊ほどの通帳を広げ、それらを交互に見比べていた。
「あ、お兄ちゃん……」
「これって……」
「うん、お父さんとお母さんが準備してた遺書と通帳。お金全部くれるって。あとお兄ちゃんにごめんねって言ってたよ?とりあえず、これ」
そう言って渡されたのはたった3行だけ書かれた手紙だった。
所々滲んではいるが、『死にます。こんな親でごめんね。国治も、本当にごめん』ただそれだけ。
「なんだよ、これ…」
「お兄ちゃん、裏裏」
「…?……なんだこれっ」
妹に言われて手紙をひっくり返すと逆に文字びっしりに沢山の言葉が書きなぐられていて、なんか蠢いてるみたいに見えて気持ち悪い。
読むのもめんどくさいくらいに、びっしりと書かれた手書きの文面。
「そっちが本当にお母さんが書いた文だよ。私の知らないこと一杯書いてあったから吃驚しちゃった」
「そりゃ吃驚もするよ…な…」
読んでいて、俺が思い出していた妹が生まれる前の話。
母親と一緒に過ごした毎日とか、楽しいこと、辛かったこと、かけてくれた色んな言葉。
「現実から逃げてはいけない……。自分は嫌われて良い存在なのだと、認めてはいけない……。自分という存在は、愛を知らない、愛を信じられない、と決め付けてはいけない……。いつまでも、過去に縋ってはいけない……」
気持ち悪くなるようなその言葉が、逆に気持ちを落ち着かせるこの訳の分からなさ。
なんでこんなことになったのだろうか、とため息が出る。
自分で何が起こっているかわかってないのにこんな気持ち、誰もきっと分からないだろうな…。
どうすれば、分かってくれるだろうか。
「お兄ちゃん、どうしたの?お通夜、終わったよ」
「あ?ああ……ちょっと、ボーっとしてた…」
気が付けば妹に頭を撫でられていた。
「大丈夫ですか?何かずっと青ざめていましたけど…」
そこへ、仲江さんがかけてくる。
「仲江さん…、大丈夫です。心配してくれてありがとう」
「本当に大丈夫ですか?何か様子が…」
「いや、大丈夫ですっ、本当に…」
覗き込んでくる仲江さんの顔に、俺は立ち上がって否定する。
なぜかって…なんか恥ずかしい気がしたからだ。
「なら良いですけど…。あ、ちょっと出てきますね…」
納得してはいないだろうが、仲江さんは一度頷くと会場を去っていった。
「……なぁ御咲、どうして俺は親が嫌いだったんだ?」
「…?私は私が生まれたから私ばっかり世話してて、お兄ちゃんのこと放っておいてたからだと思ってたけど…?」
「…じゃあ何で俺は今まで小学校も、中学校も、高校どころか会社も入社できて、こうやって生活してるんだ…?」
「それは……」
俺の問いに、御咲は少しだけ言葉を詰まらせた。
「それは、実はお母さんが影でお兄ちゃんを支えてたから、とか…?」
「……俺って、そんなに親不孝者?」
「…気付いてなかったなら、そうかもしれないね」
「……母さんが俺を陰で支えてた理由ってなんだろ?」
「お父さんが本当に私を好きだったから、優しいお母さんは私だけを愛するなんてきっと出来なかったんじゃない?」
「御咲はずっと知ってたのか?」
「たまにお兄ちゃんの話があったからそれが当たりなら知ってた」
「酷い妹だな」
「でも自信は無かったよ。お兄ちゃんのことが好きなのか嫌いなのか分からないような言い方だったし。でも……」
「でも?」
「お兄ちゃんがお母さんのお金を盗んだって、お兄ちゃんが勝手に毎月のお小遣いを2000円に決めたって何も言わなかったけど、その度私にご飯を頼む時は『お兄ちゃんの料理に嫌いなもの入れてあげて』って言ってたし、愛情が無かったわけでも無いと思うよ?」
妹の言われた言葉に、俺は過去の記憶を思い出す。
ピーマン・牛すじ・茄子・鰹節・納豆・佃煮……
「…あれって、母さんの仕業?」
「実はね。お母さんなりの仕返しだったんじゃないかなぁ…。嫌われてるんだから近づきにくかったとかだったりして。何をするにも考えなんて、人それぞれだよね?」
久しぶりに聞いたようなその一言。
「……そうだな、考えなんて人それぞれだな」
ああ、思い出した。
確かにそんな人だった。
嫌なことをされたら、さり気なく仕返しをする人だった。
でも小さかったから、それすらちょっと俺は楽しんでた…気がする。
なんか、俺って最低な人間だな。
どうして、誰かが死んでから理解するんだろう。
「…お兄ちゃん、泣いてる?」
「気のせいだ」
「貰ったお金、どうする?」
「まず御咲の医療費に使う。そんで俺達の生活費にする」
「仲江さんの分も残さないとね」
「そうだな。彼女にプレゼントって何が良い?」
「いっそ指輪あげちゃえば?」
「まだ1ヶ月も経ってないのに?」
「大丈夫だよ、仲江さん良い人だもん。あんなお姉ちゃん、私にプレゼントして欲しいな」
「どうしてそういう恥ずかしい事を軽々とお前は……」
優しい風が吹いた気がした。
誰かがそこに居る気がした。
優しく見守られてる気がした。
俺は今から改心できるだろうか。
「お兄ちゃん!いい加減日常の表に帰ってこよう!」
「は?」
「怪我してない私とか、生きてるお母さんとか、私は今までと変わらない生活がしたいな」
「一度起こった事は無理だろ…」
「そんな事無いよ、今なら、戻れる気がしない?私が知ってる日常に、"戻ろう"」
初めまして、投稿はお久しぶりです。
あまりに間が空いてしまったため筆が止まり、無理矢理話を終わらせてしまいました。
予定していた結末も180度変わってしまいました。
なんか、終わらない気がしたので…。
なんなら新しく書き直そうかなーとか考えてます。
正直、駄作になってしまってさり気なくションボリしてます…。
いつもの勢いが出来なくて困りましたねー。本来なら8話ほどで終わる予定だったのに><
なんというか読者の皆様に申し訳ない…OTL