合わない歯車
「あ、せ、先輩!?お、お疲れ様です…。予想より早く来てくださって吃驚しちゃいました…」
オフィスに入って早々。
相変わらずおどおどした動きで微笑む仲江さん。
「あ…いえ、迷惑をかけたのは俺の方ですから…」
「あ、コーヒー入れてきますね」
にこりと微笑み、仲江さんはそそくさと給湯室へ消えていった。
仲江響歌さん。
年数的には去年の夏に入ってきて1年目となる後輩だが、実は25歳とその性格と見た目以上に大人の女性だったりする。
まぁ、見た目と言っても眼鏡でゆるい三つ編みのおさげ髪で身長がだいたい150ほどだと高校生に見えるなぁーとかいう俺目線・俺イメージな訳だが。
ちなみに以前の会社では秘書をやっていたらしい。
人とは見かけによらないものだ。
「お待たせいたしました。どうぞ」
とりあえずデスクに座り、パソコンを立ち上げたところで
仲江さんが微笑みながらコーヒーを置いてくれた。
音を立てずにコーヒーを置く辺りや、その淹れてくれたインスタントなコーヒーがやけに美味しい辺り、これは秘書のスキルかもしれない。
「お、おいしいッスね、このコーヒー…」
正直、ずっと飲んで居たい位の美味さだった。
「ただのインスタントですよ?あ、でも高城先輩の大体の好みにあわせてあります。確か、角砂糖1個とミルク1.5個でしたよね?」
「えっ、あ…そうだけど…。よく知ってるね…」
「皆さんの分もちゃんと覚えていますよ?」
なんという洞察力。まさかこれが秘書の力……か?
「秘書のとき、一番最初に教わったのがコーヒーやお茶の淹れ方だったんです。色々なお客様がいらっしゃいますから、その方々一人一人の好みを熟知し、提供すること。付き添いする方の補佐はもちろん、お客様に持て成す事も秘書の仕事であると、その時先輩に教わったものですから…。もはやこれは癖ですね」
ふわりと微笑む姿がなんとも愛らしい。
いや、俺何言ってるんだ。
その時、携帯が震えた。
どうやらメールのようで、祐史が『お仕事まーだー?』なんて書いてある。
そういえば、すっかりさっぱりと忘れていた。
「ご、ごめん。友達待たせてるからさっさと作業を終らせて帰らせてもらうよ!」
流石に待たせっきりでそのまま別れるのは失礼だよな、折角愛に来てくれたんだから。
自分の最高速度でキーボードを軽いタッチで叩く。
どうやら今は調子が良いようでいつもより3倍は早くなってる気がする。
赤くはなってないので多分そんな気がするだけ、本当に。
それから20分ほど経った頃、ようやく作業を終えた。
目が痛くなり、右手で目頭を押さえた。
「あ、ありがとうございました。…えと、大丈夫ですか?」
右側から仲江さんの声が聞こえ、振り向くと心配そうな表情でこちらを見ていた。
その時の俺の目は何か変だった。仲江さんが天使に見える。
……無ぇな。
「あぁ、大丈夫です。それじゃあこれ、そっちに転送しておくんで、終ったら帰りますね」
「はい、ありがとうございます。早く帰って、妹さんと仲良くやってて下さいね」
にこりと微笑む仲江さん。
だが俺の心はほのぼのとゆっくり出来なかった。
「うーっす、ただいま」
またタクシーを使って結局店に帰ってきた。
俺は手を上げ、祐史に帰ってきた事をアピールする。
「おー、おかえりー…って違う!おい、どういうことだ!!」
帰ってきた返事が想像より少し違った。
ぐったりして返事を返してきたと思えば尾ひれが付いているようだ。
祐史が焦っているように見える。
「あ?どうしたよ。落ち着けって。とりあえず腹減ったから飯」
俺は椅子に座り、メニューを取り出した。
お、タラコの和風パスタ美味そう。でもゴッソリカツカレーも美味そうだな…。
「お前こそ何落ち着いてんだよ!それでも兄貴かよ!!」
「…あ?」
机をバン!と大きな音を立てて勢いよく祐史が立ち上がる。
周囲にひんやりとした空気が漂った。
まるで時間が止まったかのように。
それもそうだ。さっきまで賑やかだった店内が祐史の音で動きが止まったんだから。
他方向から視線を感じた。
祐史の顔は、苛立っている。
それから数秒して、周囲がいつもの賑やかさに戻った。
祐史は立ったまま、口を開く。
「お前、さ…本当にそれで良いわけ?昔から"家族なんて信じるものじゃないだろ"とかさ、"あそこに俺の居場所があって堪るか"なんて言ってたけどさ…本当にそれで良いのかよ?そのままにしてて良いのかよ…!!」
その声はまるで悲痛な声。
実際にコイツは痛んでるんだ、きっと。どこかが。
「俺は嫌だ……もし、本当に俺があの子の兄なら…家族に空気のような扱いを受けても、あの子が存在を変えてくれたのなら、ただの恩返しかもしれないけど助けてやりたいって思うよ…!誰だってそんなもんだろ…あんたは違うのかよぉ!?」
祐史の腕が俺の胸倉を掴む。凄い力が加わってるのが分かる。
でも祐史が何について言ってるのか、俺は分からないでいた。
どうやら、話が飛んでいる。
これは…そうだ、俺が会社に行ってる間にここで何かあったんだ。そうに違いない。
「お前さ、なんで何も言わないんだよ…。なるほど、お前にとっては家族なんて"まだ"そんな物か。じゃあ良いよ、俺は既に一度嫌われてるけど使えないお前の為に俺が行ってやるよ。最ッ低な奴だな、お前って」
そのまま投げ飛ばされるように放り捨てられた俺の体。
祐史はカバンも持たず、そのまま店を出て行く。
とりあえず俺はスーツを着なおし、ベルを鳴らした。
「はい、ご注文ですか?」
「すみません、タラコの和風パスタとゴッソリカツカレーお願いします」
「はい、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」