【短編】傷物令嬢エリーズ・セルネの遺書
『余計な真似をして……傷物の女などただの穀潰しでは無いか!』
言葉の刃、いやギロチンと言ってもいいそれにあの日少女の心は引き裂かれた。
そして今私はその少女、エリーズ・セルネの姿になっている。
私は日本で漫画家をしていた。
しかし街を歩いている途中通り魔から子供を庇って背中を刺された。
そして気が付いたら別人の姿になっていた。
銀色の長い髪に紫の瞳の天使や妖精のような少女だ。
そしてお姫様のようなドレスを着ている。
混乱している私にメイド服を着た女性が言った。
「落ち着いてください、エリーズお嬢様」と
「誰よそれ?!」
益々パニックになる私にメイドは慌てたように出て行き、そして貴族みたいな恰好の中年男が入って来る。
そして突然私の頬を思い切り叩いた。
更にこんな事を言い出したのだ。
「今更騒ぐな、全部あの女を庇った自分のせいだろう!」
憎々し気に怒鳴りつける男に私は戸惑うしか無い。
突然入って来て暴力を振るうなんてそれこそ通り魔と同じでは無いか。
私の中に怒りの感情がわいてくる。
それを無視して中年男は更に言った。
「全く余計な真似をして……傷物の女などただのごく潰しでは無いか!」
「なっ」
「傷物令嬢などという不名誉なあだ名の娘など我が家の恥だ!」
男の毒にまみれた台詞を聞いた途端雷に打たれたようになる。
『傷物令嬢は隣国の王太子に癒され愛を知る』
それは私がコミカライズを任される予定の人気小説だった。
男爵令嬢と第二王子を暗殺者から庇い傷を負った優しい公爵令嬢のエリーズ。
しかし背中に大きな傷が残った為に彼女は第二王子レオンとの婚約を破棄される。
傷物の恥さらしとして家族に冷たい扱い受け続け、心を病んだ彼女は家出してしまう。
そしてふらふらと歩いているところを馬車に撥ねられかける。
その馬車に乗っていたのが隣国の王太子ローランだった。
エリーズに一目惚れしたローランは彼女を自分の国に連れ帰り色々な困難の末二人は結婚するのだ。
その漫画の冒頭でエリーズの父親が彼女に言い放った暴言が今私が言われた物と全く同じだった。
資料として渡された小説を読んでいて「何言ってんだこいつ」と思ったので強く記憶に残っている。
(つまり私は今何故かエリーズになっているってこと?)
内心パニックになっていると中年男、いやエリーズの父であるセルネ公爵は舌打ちをして出て行ってしまった。
彼と入れ替わりに部屋に入って来たメイドたちに私はベッドに運ばれ手当てを受け説教をされて寝かせられた。
そして一人になった部屋で私は思う。
この台詞の後でエリーズがローランに出会うまで二年かかる。
漫画だと二年後であっさり省略されたが、何故か今は私がエリーズになっているのは現実だ。ショートカットなど出来ない。
「……いやいや、二年もこんな家居たら気が狂うって!」
その結論に達した私は王太子様の助けを待たず屋敷を抜け出すことにした。
□□□
翌日寝て起きてもエリーズの姿になっていることを確認し、夢じゃなかったことに失望する。
食事を終えるとエリーズは一人だ。療養中という名目だが背中の傷は完全に塞がっている。
風呂でもしみるという事も無かった。
ラジオ体操とかしなければ傷もそこまで気にならない。
服を着ていれば存在すらわからないだろう。
それなのに傷物令嬢と呼ばれ十年前から決まっていた結婚が消える。
馬鹿馬鹿しい国だなとシンプルに思った。
部屋を漁っている内にエリーズが書いていた日記を見つける。
それには父親や兄からの役立たず扱いの暴言と泣き続ける母親への申し訳なさが一年分綴られていた。
つまり事件が起こってから一年経過しているのだ。傷が殆ど痛くない理由に納得した。
しかしそれでもローランに会うまで一年待つ必要がある。
毎日家族に暴言を吐かれる生活は嫌なので、私は家を出る為の計画を立てた。
実はエリーズは背中に傷がある以外は完璧な令嬢だ。
顔は当たり前だが物凄い美少女だし、何と魔法が使える。
礼儀作法も完璧な筈だが中身が私になったせいでそこは期待できない。
魔法については念じただけで手から炎やら水やら出せるので助かる。
そして治癒の魔法も使える。
けれど治癒魔法は患部に手を添え念じなければいけないのでエリーズ自身で背中は治せなかった。
その為傷痕が残ってしまったというわけだ。
しかし原作小説を最後まで読んだ私はある事実を知っている。
エリーズが身を挺して助けてあげた男爵令嬢ナヴィア・ルセーヌは何と国一番の聖女様だ。
なので治癒魔法に関してはエリーズ以上の能力を持っている。
つまり、ナヴィアならエリーズの背中の傷を完全に消せるのだ。
でもエリーズの婚約者だった第二王子に片思いをしていた彼女は嘘を吐いて治さなかった。
実は第二王子もナヴィアを好きだったので両片思いというものだろうか。
治療に手を抜いた理由をナヴィアは小説後半で涙ながらに白状する。
しかし既に隣国王太子ローランと熱愛中のエリーズはそれを微笑んで許した。
どっちが聖女なのかわからないし正直モヤモヤした。
「とりあえずナヴィアに会うとしますか」
私はこの国の礼儀作法の本と睨めっこしながら公爵令嬢らしい手紙を苦労して書いた。
ビジネスメールとは勝手が違うそれを何とか書き上げ執事に命じてナヴィアの家に送って貰う。
そして二か月待たされた末に私は何故か男爵家ではなく王城へ呼び出されていた。
一年ぶりに再会する元婚約者の第二王子は私を敵のように睨みつけていた。
ナヴィアは彼の横で目元を赤くして震えている。
恐らく私が送った手紙の内容を彼女が婚約者になった第二王子に言いつけたのだろう。
「君がこんな人だとは思わなかったよエリーズ」
「どういうことでしょうか?」
「ナヴィアに背中の傷を治せだなんて……彼女が寝ないで治癒魔法を使っても無理だったのを知っているだろう?!」
そう私に対し怒鳴りつける第二王子は金髪碧眼の美形だったが全く好感を抱けなかった。
小説の内容で判断する限り性格はそこまで悪くはない。
ひたすら身勝手で頭が悪いだけだ。
「しかし第二王子殿下、彼女は私より治癒魔法が優れているから聖女として扱われている筈ですが……」
「ご、ごめんなさい、エリーズ様……私には貴方を死なせないだけで精いっぱいだったのです!」
「でも私ならあの傷は治せるわ」
そう自分の掌を見つめながら言う。決して嘘や虚勢ではない。
私は自分を傷物令嬢扱いし虐待してくる公爵家を出る事を決意した。
その後は自分で自分を養わなければいけない。
だから家族に内緒で使用人たちの傷を治して治癒能力を確かめていたのだ。
中には酷い火傷の痕に長く苦しんでいた人もいた。
子供を庇って熱湯を背中に浴びた彼女は数年経っても服を着ることさえ苦労する状態だった。
しかしその酷い傷痕もエリーズの治癒魔法は跡形も無く消した。
なので治癒魔法に誰よりも優れた結果聖女として扱われ王族専用の治癒師になることを許されたナヴィアが出来ない筈は無いのだ。
そしてナヴィアが否定してもその気になれば幾らでも第二王子はその事実を知る事が出来た。
だって聖女認定される為の試験の内容は酷い怪我をした人間の治癒だったのだから。
それはエリーズの背中の傷痕よりも酷い物だった筈だ。
「だったら君が自分で治せばいいだろう、もうナヴィアの心を傷つけないでくれ!」
「お願いです、もう許してください、本当に私には無理なんです……」
「ナヴィアは君から恨まれてることを言い出せず青い顔で二か月も過ごしていたんだぞ?」
「別に恨んではいませんけれど」
「なら君やナヴィアすら癒せない背中の傷は諦めて生きてくれ!」
治癒魔法は患部に手を当てなければ発動しない常識すら第二王子は無視する。
説明するのも馬鹿馬鹿しくなり私は指摘しなかった。だって別に彼と婚約し直したい訳では無いのだ。
「わかりました、もう傷の事は追及しません。ですがもう一つ確認したいことがあります」
「……何だ?」
苛々した様子でレオンは私の言葉を急かす。
私はあえて笑顔を浮かべ尋ねた。
「私は父から傷物の穀潰し女と毎日罵られております……穀潰しとは何の役にも立たない居るだけで迷惑な者の事です」
「そ、そうか……セルネ公爵は厳格な男だからな」
あの理不尽な暴君を厳格と称したレオン王子を私は内心軽蔑した。
自分たちを庇い怪我をした婚約者をあっさり捨てるだけある。
「もしかして殿下やナヴィア様の家から一切補填などは無かったのでしょうか?」
「なっ……」
「私は二人を庇って消えない怪我を負った。そして一方的に婚約を破棄され結婚も出来ないというのに」
あの暗殺者に命を狙われたのはナヴィアだけじゃない。
治癒魔法を使えるナヴィアと第二王子であるレオンが至近距離で仲良く話していたせいで、二人纏めて始末出来ると暗殺者は動いたのだ。
この国の第一王子は生まれつき病弱で、だから第二王子のレオンが暫定後継者と見做されていた。
だから母親の違う第三王子陣営がそんなレオンを排除しようとしたのだ。
それを阻止したエリーズはしかし何も手にすることなく傷痕だけ押し付けられた。
少なくとも漫画の中の彼女がこの国で英雄と賞賛されたことはない。
「多額の見舞金を王家は既に支払った筈だ、婚約破棄の謝罪も含めセルネ公爵も納得の額だと聞いたぞ?!」
「初めて伺いました。なら私は十分公爵家の役に立った筈なのに不思議ですわね」
毎日役立たずと罵られ殴られるなんて。そう言うとレオンとナヴィアは気まずそうに沈黙する。
どうやらセルネ公爵に抗議してくれるつもりはないらしい。
「わかりました、結構ですわ。もう二人の前に姿を現すことはしないでしょう」
私が告げると二人はあからさまにほっとした顔をした。
「ありがとうございます、エリーズ様」
「そうか、君は優しいからな……」
許して貰えたと思い潤んだ瞳で礼を言ってくるナヴィアとへらへら笑うレオン王子に笑みを返し私は王城から出る。
そして馬車に乗り込んだ。
「やっぱり私、この国を出て行くことにするわ」
「どこまでもお供いたします」
そう静かな声で横に座る青年が言う。
黒髪に赤い瞳、片方を眼帯で隠した彼はセルネ公爵家の執事に少しだけ面影が似ている。
それもその筈で、眼帯の美青年マリウスは執事の孫だった。
十年前彼の家は火事になり母は子供の彼を火から庇い背中に大火傷を負った。
マリウス自身も片目が焼け摘出する羽目になり、父親はそんな妻と子をあっさり捨てた。
それからは執事が二人を養っていたのだ。
私が治癒魔法を使用人相手に使っていると知った執事は自分の娘と孫を癒してくれるよう頼みこんできた。
かなりの大金と引き換えにだ。
私はそれを半分だけ受け取ってマリウスとその母を癒した。
私は「彼の目は癒せなかったからその分は不要だわ」と全額受け取らせようとする執事にそう固辞し、代わりに公爵家から出て隣国で暮らしたいと打ち明けた。
すると何故かマリウスが家出する私の従者として志願してきたという訳だ。
最初は隣国に渡るまでの護衛兼案内役だけで良いと思ったが彼には素晴らしい特技があった。
「私が公爵家に帰ってこない場合、貴方の書いた遺書はそれぞれに送って貰えるのよね」
「はい、貴方が治療してくださった者たちがかならず各新聞社に届けます。他貴族の耳にも入るよう手配しております」
「そう……心ある人たちなら私を哀れんで泣いて怒ってくださるでしょうね」
私はカーテンで隠された窓を見つめて言う。
背中の大火傷で一人で生活することがままならない母をマリウスは長年介護し続けていた。
家に居ながら金を稼ぐ為マリウスが選んだ職業は小説家だった。
彼の著作を読み、感銘を受けた私は彼にエリーズ・セルネの遺書を執筆してもらうよう依頼した。
愛する第二王子レオンは聖女ナヴィアに心惹かれ秘密の恋をしていたこと。
それを知っていてもエリーズは二人を暗殺者から身を挺して守ったこと。
そんな彼女をレオンは容赦なく捨て父である公爵はエリーズを罵り暴力を振るったこと。
耐えられなくなったエリーズが王城からの帰りに馬車から川へ身投げを決意したことが遺書には書かれている。
当然本当に死ぬつもりはない。死んだと見せかけて隣国で暮らす。
馬車の御者も協力者の一人だ。
私は彼の娘の疱瘡痕を治し感謝されていた。
夕焼けが見たいと馬車から降りた私はそのまま橋から身投げすることになる。
けれどそれは嘘で、別の粗末な馬車に乗り換えて隣国まで行くのだ。そして名前を変えて平民として生きていく。
「エリーズ・セルネの人生は今日終わるのね」
何となくしんみりとした気持ちで言う。
そんな私の手をマリウスはじっと見つめた。
やがて彼は整った顔に決意をにじませて口を開く。
「はい、そして貴方は……私の妻エリーとして、その……」
「続けて?」
「幸せに……させて頂きます!」
そう顔を真っ赤に宣言するマリウスに私はクスクスと笑った。
最初は偽装夫婦の予定だった。名前を捨てた私が一人で生きていくのは難しいと執事に言われたから。
だからちゃんと戸籍があり国を選ばず仕事が出来る小説家のマリウスを夫代わりにするように提案された。
私はそれに少し考えて同意した。遺書の執筆の件で何度も話し合って悪い人では無いと判断したのだ。
「名ばかり夫婦です、母と俺の恩人である貴方に生涯指一本触れません」
そうマリウスは真剣な顔で誓った。その時悪戯心と残念な気持ちが胸に湧いた。
だから口にしたのだ。
「本当の妻にはしてくださいませんの?」と
結果、私はマリウスの本当の妻になる予定だ。
隣国では数十年前の内戦の名残で無戸籍の者も仮戸籍を作り五年税金を納めれば本戸籍になるらしい。
収入については贅沢をしなければきっと暮らしには困らない。
マリウスの小説の印税もあるが私も治癒や魔法だけではなく手に職があるのだ。
「遺書が出回って半年したら、あの本も出版して貰えるのよね」
「はいこの国では難しいでしょうけれど隣国なら大丈夫です。寛容な国なので」
そうねと私は微笑む。隣国がどんな国なのかは私は漫画で既に知っている。
だから私はマリウスの文章と私の挿絵で一つの小説を完成した。
タイトルは「傷物令嬢の遺書」。
内容は名前を変えただけでエリーズに起こった悲劇をそのままマリウスが書き上げ、彼女の悲しむ様子を私が絵にした。
隣国の王太子は背中に傷痕があるエリーズを差別せず妻にし溺愛した。
そして隣国の貴族も民もそれを批判しなかった。
寧ろ傷物令嬢と呼び追い詰めた公爵や婚約破棄をしたレオンたちを非難した。
つまり私たちの作品が受け入れられる土壌だと確信している。
ついでにこの国の第一王子の病弱を治す為のヒントも小説に入れて貰った。
漫画ではエリーズが贈った隣国特産のハーブを毎日飲んで第一王子はどんどん健康になるのだ。
結果、第二王子レオンは後継者の枠から外れる事になる。この世界でもそうなればいい。
「しかしエリーズ様があんなに絵がお上手なんて驚きです」
感心したように言うマリウスに私は苦笑いを浮かべる。
エリーズになった後に絵を描こうと思ったきっかけは複雑な物だった。
ある日元居た世界で暮らす自分を夢に見たのだ。
十歳程年を取った自分は夫と子供に囲まれて幸せそうだったが専業主婦で漫画家を辞めていた。
私は直感で彼女が本物のエリーズだと思った。そして自分が二度とあの世界に戻れないと思った。
今幸せそうに見知らぬ男性の横で子供を抱いているエリーズだってきっと戻りたくないだろう。
私も二人から妻と母を取り上げたくなかった。
「お幸せにね、エリーズ」と言った瞬間目が覚めた。
そして私は漫画家を辞めた向こうの世界の自分の代わりにこの世界で絵を描こうと決意したのだ。
本物のエリーズのように優雅なダンスが出来ない代わりに私には絵がある。
「……そうね、ずっと絵を描いて暮らしたかったの」
私がそう言うとマリウスは驚いたような表情をしたがすぐに力強い笑顔を浮かべた。
「大丈夫、これからはずっとそう出来ます」
「嬉しいわ」
「だから、俺と一緒に生きてください。嫌な過去を全部捨てて新しい自分で」
そう言って抱き寄せて来る彼の手は限りなく優しい。
それは私の背中の傷痕を思いやってだ。
「ええ……でも貴方はこの傷痕ごと愛してくれる?」
「当たり前だ、貴方の体で恥じる部分なんて無い」
そう言ってマリウスは私の手に口づける。
隣国の王太子を待てなかった私は、それでも誰よりも素晴らしい自分だけの王子様を手に入れたのだ。
幸せな思いに包まれ微笑んだ。
悲劇の令嬢エリーズ・セルネは今日死んでしまうけれど。
マリウスの妻エリーはこれから愛する夫と共に暮らしていく。
■■■
「レオン、お前は暫く静養するがいい」
父である国王に告げられ第二王子レオンは俯く。
しかしすぐ顔を上げて食ってかかった。
「暫くとは、具体的にはいつまでなのですか」
「そうだな……二十年程だ。当然だが子供を作るのは禁止する」
全身から血の気が引く。長くて五年程だと思っていたのだ。
先日、突然健康になった第一王子が正式に立太子した。
そのことに内心打ちひしがれていたレオンに今日父は更に追い打ちをかけた。
「そこまで兄上は僕が邪魔なのですか……!」
つい本心を口にしたレオンを国王は冷たい目で見て溜息を吐いた。
「あやつを邪魔者扱いしていたのはお前の母だろう」
「……は?」
「隣国から取り寄せた薬草の効果は特定の毒を無効にすること、つまり第一王子は長年毒を盛られていたのだ」
貴様の母親が命じた者によってな。
そう父に告げられレオンは愕然とした。そんなことは知らなかった。
「でも僕は、次期国王になることなど別に望んではいなかった……!」
「母の心配より己の保身か、だがお前は昔からそういう子供だったな」
失望したように言い国王は息子の横に目を向ける。
先日まで二人で一人の人間のように彼へ寄り添っていた少女はもう居ない。
公爵令嬢エリーズ・セルネが身投げをしそれをモデルにした小説が隣国で爆発的に流行した。
名前こそ違うがどう見てもそれはエリーズをモデルにした悲劇だった。
結果隣国と自国の民だけでなく貴族たちからも第二王子とセルネ公爵家は批判に晒された。
そして一ヶ月ほど前に錯乱したセルネ公爵はルセーヌ男爵家に押し入りナヴィアに剣で斬りかかったのだ。
公爵は「死ぬがいい、貴様が全部悪いのだ」と叫びその場で自害したがナヴィアは自力で怪我を治した。
セルネ公爵は彼女に致命傷を負わせたと判断したから己の喉をその剣で突いたと言うのに。
聖女と名高いナヴィアの治癒は自らの傷を綺麗に治して見せた。
まるで怪我した事実が存在しなかったように。
結果皮肉なことにそれは彼女がわざとエリーズの背中の傷を治さなかった証明になった。
ナヴィアは治癒義務を怠ったとして裁判にかけられる予定だが現在殆どの食事を拒否し骨と皮になっている。
当然第二王子レオンとの婚約は破棄された。
その後第一王子が隣国の薬草で回復し、第二王子レオンは今自分がこの世で一番不運だというような顔をしている。
自分の母と婚約者の犯した罪を一切知ろうとも共に背負おうともせずに。
「お前はエリーズ嬢がナヴィアは絶対自分の傷を治せると何度も言ったのに否定したそうだな」
「そ、それは……ナヴィアが泣きながらそう言い張ったから!」
「女の涙に騙され疑いもしない男は、国王にはなれぬ。そして私の息子としても不要だ」
連れて行け。国王の言葉に衛兵たちがレオンの横を固める。
そして連行される罪人のように第二王子は国王の前から消えて行った。
「二十年……それで王家の評判が元通りになると良いが」
難しいだろうな。後悔を滲ませ国王は呟く。
傷物令嬢の遺書と銘打たれ大人気なそれは隣国の出版社が発行している。
それを国王と言えども他国の人間が無理やり発刊禁止することは難しかった。
何よりそれをしてしまえば小説が事実で自分たちが加害者だと認めたことになる。
「……己の命を使って復讐を果たしたか。心優しいだけの令嬢だと思っていたが」
憎らしいが見事だ。
そう国王は顔すら忘れた銀髪の少女へ呟いた。




