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元神様候補の俺、東京では厨二病扱い。でも神様になれなかったからこそ、守りたい人ができた。  作者: 夜明けの語り手


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2話 学校初日

電車が止まるたびに、人が増えた。


 水守町の電車は、朝でも席が埋まらないことがある。

 でも東京は違った。


 押される。

 揺れる。

 知らない匂いがする。


 創はつり革を握りながら、少しだけ呼吸が浅くなった。


(誰も、俺を知らない)


 その事実は、怖いようで、少しだけ自由だった。



 東京の空は広いのに、建物が高すぎて狭く感じる。


 駅を出た瞬間、音が多い。


 車。

 信号。

 話し声。

 足音。


 水守町の静けさが、急に遠くなる。


 母の知人の家に、しばらく世話になることになっていた。

 部屋は六畳。

 窓の外は隣のビル。


 山はない。

 神社の森もない。


 夜なのに、暗くならない。



 布団に横になっても眠れなかった。


(俺は逃げたのか?)


 兄の言葉が蘇る。


『逃げるのか?』


 あれは責めていなかった。


 ただ、確かめただけ。


 創は天井を見つめる。


(逃げたんじゃない)


 そう思いたい。


(選んだんだ)


 でも。


 選んだと言うには、勢いが強すぎた気もする。


 胸の奥に、小さな不安が残る。



 数日後。


 東京の中学校、転入初日。


 校門の前で立ち止まる。


 校舎は三階建て。

 グラウンドは広い。

 生徒が多い。


 水守町の中学は一学年一クラスだった。


 ここは四クラス。


(多すぎるだろ……)


 喉が少し乾く。


 でも同時に、思う。


(ここなら、誰も俺を知らない)


 神様候補でもない。

 次男でもない。


 ただの、五條創。


 それが少しだけ嬉しい。



 教室の前。


 担任が扉を開ける。


「転校生だ」


 一斉に視線が向く。


 胸が一瞬、強く打つ。


 水守町の祭りで人前に立ったことはある。

 でもあれは“特別”だから許されていた。


 今は違う。


 特別じゃない。


 ただの転校生。


「自己紹介」


 担任が軽く促す。


 創は黒板の前に立つ。


 チョークの匂い。


 教室のざわめき。


(何を言う?)


 普通に言えばいい。


 名前。

 出身。

 よろしくお願いします。


 それだけでいい。


 それだけでいいのに。


 頭のどこかで、まだ囁く声がある。


(本当のことを言え)


 創は口を開く。


「五條創です。水守町から来ました」


 ここまでは普通。


 一瞬、迷う。


 言うな。

 言わなくていい。


 でも。


 それを隠したら、何を持って東京に来たのかわからなくなる気がした。


「前の町では……」


 空気が少し静まる。


「神様候補でした」


 沈黙。


 0.5秒。


 1秒。


 そして。


「え?」


「なにそれ」


「厨二?」


 爆笑。


 教室が揺れる。


 誰かが机を叩く。


「設定盛ってる!」


「アニメの見すぎ!」


 笑い声が刺さる。


 創は固まる。


(……え?)


 本気で言った。


 嘘じゃない。


 冗談でもない。


 でも。


 ここでは、ただのネタ。


 顔が熱い。


 喉が詰まる。


「いや、本当に」


 言いかけるが、また笑いが起きる。


 担任が苦笑しながら言う。


「はいはい、席に座れ」


 創は席に向かう。


 足が少し重い。


(ここでは、ただの変なやつか)


 胸の奥がじわっと痛む。


 神様候補だったことが誇りだったはずなのに。


 今は、笑われる理由。


(俺は、何なんだ)



 そのとき。


 一人だけ笑っていない人がいた。


 窓際の席。


 女子。


 じっと、創を見ている。


 笑わない。


 否定もしない。


 ただ、観察する目。


 創は目が合って、すぐ逸らす。


(なんだよ)


 また心臓が鳴る。



 昼休み。


 数人に囲まれる。


「どんな神様?」


「空飛べんの?」


「雨降らせてみてよ!」


 創は必死で説明する。


「水神で、地域の信仰で——」


 また笑い。


 誰かが言う。


「おもしれー!」


 悪意はない。


 でも軽い。


 軽すぎる。


 創はそこで、やっと理解する。


(ここでは、重さが違う)


 水守町での“神様”は生活だった。


 ここでは、ただの話題。


 スケールが違う。


 信じる人数が違う。


 価値が違う。


 その現実に、静かに打ちのめされる。



 放課後。


 廊下を歩いていると、声がする。


「ねえ」


 振り向く。


 窓際の女子。


 近くで見ると、目がはっきりしている。


「本当なの?」


 創は一瞬構える。


 笑われる準備。


「……本当だよ」


 女子は少しだけ首を傾ける。


「へえ」


 それだけ。


 笑わない。


「見てみたいな、その神様」


 創は言葉を失う。


 否定でも、嘲笑でもない。


 純粋な好奇心。


 初めて、胸の痛みが少し和らぐ。


「……東京にいるよ」


 自分でも意味のわからない返し。


 女子は少し笑う。


「違うでしょ」


 そして言う。


「でも、嘘ついてる顔じゃない」


 それだけで、創の中の何かが、少し救われる。


(俺は、全部なくなったわけじゃない)


 神様になれなかった。


 でも。


 信じてくれる人が、一人いる。


 名前もまだ知らない。


 それでも。


 東京で初めて、少しだけ息ができた。



 その夜。


 創は窓の外のビルの灯りを見ながら思う。


(特別じゃない)


 それは確かだ。


(でも、ゼロでもない)


 胸の奥で、小さな決意が芽生える。


 神様候補だった過去は消えない。


 でもそれに縛られなくていい。


 東京で。


 人間として。


 何かを選ぶ。


 その最初の選択は。


 明日も学校に行くこと。


 創は静かに目を閉じた。

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