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鼬のいた夜

鼬のいた夜

※※※※※※※※※※※※


「鼬には三匹いる。お前はどれだ?」

 清六は、答えられなかったそうだ。自分がどれなのか、まだわかっていないのだという。



 そんなこと言われて私が納得すると思うか、ボケー!と怒鳴りつけて張り倒した。ある夜に清六が担ぎ込んだのはよりにもよって佐山一家の若い衆、みんなして刀傷を負った刃傷沙汰だ。それに首をつっこんだのみならず、こっちを助けて連れてくるとは、あんたの血は何色だー!とりあえず赤い血を流していることが確定の佐山一家のヤツらを荒っぽく介抱して、医者を呼ぶ。呼んだところで血を止めるくらいしかしないから、大して役には立たないけど。それで、あんた何したの?と清六に聞いた。戦ったという。鼬という男と。


 おそらくは腕に覚え、その剣は禍々しいほど美しかった。まだ消えたということはなくこのあたりにいる。なんでそんなのと関わるのよ、アホー!と怒っていたら、たぶん遅かれ早かれ関わるという。佐山一家を斬ったのはなぜかというと、たぶん気に食わなかったんだろうとのこと。そんなヤツと関わるなー!と同じところを堂々巡りして、佐山一家のヤツらを医者に押しつけるまで怒りっぱなしだった。とりあえず嵐のようにあいつらがいなくなって、店に血糊が残っていないか片っ端から探した。その間、清六はあまり熱心ではなく権兵衛と話していた。


「お前なら、鼬のことがわかるのかな」


 何を仰る清六さん、んなこと知るわけないでしょう♪権兵衛に代わって清六をドついたが、わかるかもしれないという。権兵衛とその男は同郷。訛りからして間違いないという。あの土地は両極端で、人の情を大事にしたかと思えば意味もなく殴り合う。嫌気が差す者もたくさんいるから、きっと鼬はそういう男だという。権兵衛は西の、そういう場所の者だから案外知っているかもしれない。でも権兵衛は声が出せなくて文字も書けないから、それを伝える手段がない。清六は東の者だから、察するのは限界があるらしい。それよりも店をきれいに!血が残ってたら商売できないでしょう!と怒鳴ると、「鮪でも持ってきて捌いて見せたらどうか」などと屁理屈を言う。アホー!そういうことは早く言いなさい!鮪とはいかないので大きめの鰹になった。



 どういうわけだか魚を捌くというのは人が見るもので、むしろお客が来た。つつがなく商売できるし、一石二鳥!こんなところまで飛んでる!という声もあったので気をつけないといけない。もちろん鰹の血はそんな場所まで飛ばない。お客さんの一人が、私の包丁に興味を持った。武家らしいその人は私の手元を見て、なるほど、とうなった。お客さんは「いい品だ、腕を補って余りある」とほめたので突き刺してやろうかと思った。父さんの包丁を使っていいのは私だけ!使おうと思えば使えるけど!「刃物は父さんに任せて私が味をつければよかった」なんてたまに思っても後の祭りだ。私の機嫌が悪いのに気がついたのか、清六が割って入った。


「店主もいい人だぞ。店も台所もいいけどな」


 なぜ清六は「店主の腕」と言わないのか、とにかく後で突き刺そう。清六とお客さんは知り合いらしい。何かわからないけど、話していた。


「決まったか?すくうか、切るか、治すか」

「……いんや。まだわかんねえや」


 せやろな、とお客さんはすぐに銭を払って帰っていった。権兵衛が何か言いたげだったけど、いつも通り言いたいことがわからず何事もなかった。なかったと思っていた。



 鼬、という男はたまに現れるらしい。佐山一家を中心に、町の乱暴者や怪しいことをする輩が辻斬りに遭う。義賊かと言えば、そこまでしなくてもいいのに斬られる者も多く、役人たちも黙っていられない。だから私のところに話を聞きに来た。こないだのこと?知りません!と叫ぶと、「何かあったのか」。常日頃佐山一家と揉めているので話を聞きに来ただけなのに、何か知っているらしい、というわかりやすい墓穴を掘っていろいろ聞き出された。なんでもあの後医者が襲われて、半殺し。その場にいた半死半生の佐山一家は何もされなかったらしい。傍で聞いていた清六が、そうなるだろうな、と後から言い出した。


 あの医者は蘭方。江戸で評判がよくない蘭方医の中には、蘭方医の間でも評判の悪い者がおり、かなり多い。よく知らない医術に倣った医者は、驚くほどだまされやすい。その結果かかるほど体が壊れて死んでいく、いわゆる藪という連中になる。まともな蘭方医も、いることはいるが……だいぶ人を見ないと、まずわからない。なにせ本人がわかっていないのだから他の者もわからない。もしそれがわかっていたら、権兵衛も……そこまで言って清六は黙った。もしその手前で黙っていたら「お役人の前で言えー!」とまたひと揉めしていたが、権兵衛の話なので今回は見逃した。とにかくもう少しわかることがあるそうなので、清六を引っ張ってお役人のところに行こうとしたら、ちょうどお客さん。昨日の人だ。清六はその人を見ると、ちょっといいかな、と暇を欲しがった。ほったらかすわけにはいかないので、私も後ろをついていく。清六とその人は、何か割って入りにくい話をしていた。


「見えるものがおかしいとは思わんか」

「どこ見てもおかしいからな」


「いつからか、この世はおかしくなった」

「最初からじゃねえの?」


「そうでもない。驚いたはずだ。泣いて止める者も、怖がって砂をぶつける者もいた」


 お前はどれだ?とその人は聞いた。鼬には三匹いる。足をすくう者、たたき切る者、怪我を治す者。お前はどの鼬だ?……清六は、まだわからないと答えた。俺は、誰も悪くないと思う。みんな必死なだけだ。お前に斬られた奴も、お前の知らない奴らも。お前も。誰も悪くないんだと思う。そうか、と答えたその人は、ズッと刀を抜いた。怖いほどきれいなその剣を見て、身の毛がよだった。誰かが言っていた。「美しいというのは、優れているから誰でも一目でわかる」。ならこの剣がこれほど恐ろしいのは、なぜなのだろう。清六は「二本目だ」と構えを取った。ようやく私は、この人が鼬だと気がついた。清六は、動く様子がない。……守りを固めている?いつもそこそこ余裕のくせに、踏み込めない。鼬という男は、鋭く踏み込んで剣を振った。



 ……鼬という男が目を覚ましたのは、半日も経った頃。一瞬で終わって伸びていたから、鬼丸が来てくれないと動かすことができなかった。清六は、少ししか動かなかったくせにぜえぜえ息を切らせて、もう立っていられなかった。私は鬼丸がくわえた鼬が落とした物をいくつか持って、清六はがんばって歩かせて店に戻った。清六は、やたら恐ろしかったらしい。本気で立ち会ったなら、勝ち目がなかったという。でも簡単に勝ったじゃない、と聞くと「勝たせてもらった」と言っていた。鼬の踏み込みは、最後の一瞬だけ明らかに鈍かった。斬りたくなかったんじゃないか、とだけ言っていた。誰も悪くない。お前も。清六はそんなことを言いたかったのだろうが、鼬はもうわかっていたようで、何も聞かなかった。権兵衛が、誰かを連れてきた。鼬と同郷の、そういう場所の者らしい。鼬は本来三匹。三匹がどういう者かは、あまり決まっていない。


 入ってきたのはノッポとおチビ、かと思えばノッポがデカすぎるだけでおチビは大して小さくない。大陸の人かと思って気を遣っていると、昔はよく言われたから銅鑼を持ち歩いていたらしい。よくわかんないですけど、今の方がいいんじゃないでしょうか。鼬には三匹いるらしいけどたぶん治す鼬だろう、権兵衛が笑ってるし。郷里の者といる鼬は案外楽しそうで、よくしゃべっていた。でも、平気というわけではないらしい。人をたくさん斬った鼬は、故郷に連れ戻されて師匠に粛正される。鼬は大して気にとめないようで、最後に清六に刀を渡した。


「あんたやったら大丈夫やろ」


 ……だといいんだけどな、と言って清六は刀を受け取って、鼬は町を去った。私はきっと、お役人に怒られる。できるだけ秘密にするけど、大砲で撃たれたら敵わないから清六のせいにしよう。

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