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強くて何が悪い


 それは、落ち武者だという。この町の端にできた道場は、だいぶ前とも割と最近とも言えないような頃にあった戦の生き残り。負けて逃げて、生き延びた。そんな者が道場など開いて誰がならうというのか、まず国のど真ん中で日本中の侍が集まって大喧嘩なんて絵巻物みたいなこと信じられない。あったかどうかもわからない戦いに負けたヤツなんて強そうとも思わない。元場流という道場は、剣術のようなそうでないような不思議なことをするらしい。へえ、とだけ言った清六は飯を食らっていた。なにせこの二日間飯をやるのを忘れていたから大急ぎで食っている。鬼丸にはあげたのに清六には忘れた。私ってうっかりさん。


 そのへんちくりんな道場の主が、私の店に何回か来ていたらしい。あの小汚いおっちゃんか。やたらうまそうに食べるので周りの客も食が進んで商売繁盛、なんて思っていたけど要するに金がないのか。そう納得していたのに、道場主は他の目的があるらしかった。この店に使い手がいる。どなただろうか周りを見て、どうやら店が気になったらしい。飯はどうでもいいのか!と怒ろうとしたら、清六が道場主に話しかけた。


「先代の店らしいぜ。いい造りだろ?枕を高くできそうだ」


 あんたなんかと枕を並べた覚えはないし並べることもない、黙れ!と清六をぶん殴ったのでいざこざは店の中で終わった。人を殴ったのに話がこじれないから便利なものだ。道場主は、なるほど、と言って支払いを済ませて帰った。権兵衛が私の手を引いて何か言いたげにしていて、何かと思えばひのふのみ……足りないじゃない!あの道場主、文句を言ってやる!あんたに言わなくても周りに言えばフーヒョーヒガイでおしまいよ!結局小銭がもらえないと嬉しくないから一度は聞きに言った。そしたら、数を間違えたと言って道場主は足りない分を出した。気をつけなさいよ!こっちは商売なのよ!と揉めていると道場は稽古中、何人かの弟子が道場主を待っている。お詫びにご覧いただきます、と技を見せた。ご覧に入れなくていいからこれからは気をつけますと一筆書け!と言っていたんだけど。


 かかってきた弟子をねじ伏せた道場主がもう一度話しかけてきた。弟子たちには別に口伝では教えないので体感させて何が起きているか考えるのが先、それができないなら覚えても仕方がないと考えているらしい。息子さんが修めた以外はまだ物になっていないと嘆いていた。はあそうですか、と怖がったわけじゃないけどそのときは帰って店で愚痴った。そしたら、清六が。


「そりゃそうだろうな」


 あの手の道場は刀を使わない。戦に負ければ刃が折れて矢が尽きることなど当たり前、普通は死ぬ。あの道場の源流は合戦で負けた者、つまり得物がない。なのに戦場で生き残るとなれば得物を持つ相手との戦いをしのぐ必要があって、刀で相手を斬るよりよほど難しいはずだという。道場の開祖はその場で何かをつかんで物にしたのだろう、と適当なことを言っていた。一つ気がつけば後は案外似たようなもので流派ができる。本気で修めたのであればたやすい相手ではない。考えようによっちゃな、とほめてるの悪く言ってるのかわからない感じに締めた。まあ、勝手にやっていればいい。だからもうお客の一人としか思わないことにしたんだけど。


 明くる日、また道場主が来た。昨日銭が足りなかったことを申し訳なく思って、詫びに、と差し出したのは火打ち石。何?って聞いたら「裏手で筋者が鳴らしていた」と言っていた。たまに清六や鬼丸が裏手で揉めているのは何だろうと思っていたら、佐山一家はやけになり始めて火をつけたがる若いのがいるらしい。ちゃんと取り上げた、という道場主に「捕まえんかボケー!」と叫ぶ。さすがに町を火の海にしたら佐山一家だって困るから向こうにアホがいるだけだ。そいつがひどい目にあいますように、と神様とここにはいない佐山一家の親分に願をかけた。そんなことをしている間に、道場主が立ち上がっていた。見つめるのは、先ほど居合わせたという清六だ。


 何ですか?という清六に、道場主は聞いた。そっちこそ、と。いくらぼんくらを装っても、いざというときの歩みを見れば修練を積んだとわかる。むしろ今は偽っているのだろう、と。清六が毎日している掃除と水くみには足の修練の効果があるのだろうか。まあ多少なり疲れるからあるのかもしれない。向こうの道場もたいしたことないわね。でも道場主と清六がにらみ合って一触即発、ここで迷惑をかけるわけにはいかないからまた来る、と道場主は帰っていった。


 そこから数日。清六と鬼丸をこき使ったのが功を奏して火付けの馬鹿を捕まえた。奉行所に突き出してやる!と喜んでいたのに、佐山一家はこっちで引き取ると人をよこした。そんでその用心棒が、道場主。金に困っているのは見ればわかるから、手形でもちらつかされたのだろうか。本人は「商売をするなら金に動かされるのは同じ」と屁理屈を言うので、きー!と言い返した。そしたら、清六が言うのだ。表で決めませんか?そちらは道場なんだ、って。権兵衛が火打ち石を鳴らして、清六と道場主が並び立つ。清六!道場主だけやっつけたらあとは何とでもなるから、死んでもぶっちめて!なぜこの声援で清六が納得するのかはそのとき疑問を持たず、戦いが始まった。清六ってなんのかんの強いから、なんとでもなると思っていたんだけど。


 腕を極められて地面に叩きつけられて、受け身は取ったけど痛みが残っている。清六に。あれ?あれ?相手はもう40を過ぎたかというおっちゃんなのに手玉に取られる。向こうは清六の身のこなしにそれ相応に感心しているが、危ういとは思っていないようで向こうが流れをつかんでいる。清六は拳や蹴りを払われて、殴られて投げられる。一発当たればたぶんいけると、思うんだけど……できる気がしなかった。清六が距離を取って、息を整える。道場主は、無理をするなと言っていた。でも、清六が。


「なるほどな。やってみるって大事だ」


 ここまで食らったから、ここからは違う。そんなことを言って同じような拳を繰り出した。いくらやっても仕方ないでしょ!清六の拳はまた払われて、わずかに道場主の首筋をかすめただけだったんだけど。



 道場主が倒れて、清六が座り込んだ。危なかったらしい。拳を払われたときに形勢が変わって、体力で押し切った清六にとっては危うい戦いだったらしい。こちらに心得がなかったら力尽くも効かなかった、と勝てて安心したようだった。勝ち目がないなら戦うな!と怒っていると、佐山一家がどこかに行って道場主が起き上がった。何をされたか、と聞くので清六が拳を見せた。これを、こう……と拳から小指を立てて見せた。


「小指一本貫手。なんちて」


 突き指して痛いらしく、清六はぐいぐい引っ張っている。当たり前だ、貫手なんてだいたい四本の指を全部使って、二本にするときでも人差し指と中指、太い指を使う。小指なんて一番細くて小さいのに、殴るのに使ったら折れてしまう。痛いに決まってるじゃない!とあきれていたんだけど、清六なりに考えていたらしい。


 この道場が修めるのが刀を失った者の生き残り術であるなら、敵はみな刀を持ち剣術を使うのが常道。ならばこの道場は「対常道 特化戦術」とでもいうもので、ここに対抗しようと思えば常道を外せばいい。もちろんこちらも無事ではすまないからその手段は常道ではないわけで、指が折れるかもしれないけどこれで倒そうというわけではなく驚かせるだけ、不意を突いて首筋に何かが突き立てられれば気にならないわけはなく、動きが止まる。そこから一気呵成、驚く瞬間がなければそれも効かなかった。道場主は、まだ修業が足りんようだ、と町から出てどこかに行くという。発祥が合戦であるならまだ流派としては若く、二百年も経てば完成に近づく。そうなれば天下無双、宮本武蔵でも不覚も取るかもな、と清六が不気味なことをたくさん言った。黙れ!働け!なろうは厳しいのよ!今回のことは忘れて、深く考えないことにした。

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