強き者、弱き者
強き者、弱き者(お六と権兵衛)
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「いい音だな、清六」
清六と立ち会っているのは浪人のような侍のような、そんな男。若い。清六と同じくらいだろうか。何言ってやがる!と飛びかかる清六だが、打ち落とされた。鞘に入ったままの刀で肩を小突かれて地面に落ちる。はいはい、と葛葉が割って入っていったん終わった。そりゃあ向こうが抜いてなくても刀を持ってるんだから勝てないでしょ、ってあきれていたけど、二人のやり方が違うから立ち会うときも少し違って、どっちが器用か、と比べていたらしい。いつも市井にいる清六は何も持たず、相手の男は常に刀を持つ。判次という清六の知り合いは、久しぶりに手合わせしたくなったという。なんでもこの町に来るまでに「良き音」を聞いたらしい。杖の鳴らす音色に聞き惚れて、盲目だと知ったときはたいそう驚いた。あれだけの使い手ならば引く手数多だろうと思い、自分は関われなかったらしい。そんなにいい出会いがあったなら清六もうらやましいだろう、逆方向から町にやってきた清六は道中あいぃんしか教わっていない。清六がその手の話を始める前に、私は思わず口を挟んだ。
「音って?」
判次曰く、良き使い手は美しい音色を出す。下手に押さえるなら鈍い音しか出ないが打ち込んで手首を返せばその音は澄み渡りどこまでも響く。手練れであれば、音を聞けば相手の技量は姿を見るまでもなくわかるという。そんなことあるのかしらね。秋晴れの空には寺の鐘の鳴る音がごおんと響いた。
ときに清六、と判次が尋ねた。刀はあったのか?と聞かれ、「この店の納屋に!」と言いかけた清六を私はつねった。父さんの形見なんだから渡すわけないでしょう、問答無用!……判次はひどくあっさりと諦めた。お前が躊躇するなら何かあるのだろう、と清六は責めないがなぜか私に食ってかかる。早く渡した方がいいそちらのためだと上から目線、何様よ!と怒ったけど気にしていない。この店に奇妙なことが起きていないか?と聞かれた。世の中物騒だから何があってもおかしくない、と言い返したけどこの店は特別だという。普通は目にかからないような手合いが集まるのは、父さんの白鞘を狙っているからだと因縁をつけてくる。清六が判次を黙らせて葛葉が私を押さえて、珍しく二人して気を遣っていた。それより判次、四本集まったと清六が何か別の話を始めた。ええと、と自分の荷物を取りに行こうとしたとき、清六より近くにいた権兵衛が刀を手に取ろうとした。すると。
「バカ!やめろ!」
……清六が権兵衛に怒鳴って、周りが静まりかえった。泣きそうになった権兵衛を見て我に返った清六が、すまん、気にしないでくれと頭をなでていた。その間に葛葉が判次を店の外に連れ出し、宿に連れていったらしい。「お前あれでいいのか?」「今はいいから!」というやりとりが聞こえてきたのは私にはどうでもいいから流した。清六はその日一日中権兵衛の相手をしていた。
次の日、鬼丸を散歩に連れていった清六に、私もついていった。清六が権兵衛を叱るなんて珍しい、猫かわいがりしているものと思っていた。あの剣幕は相当のことだと思うけど、何なの?って聞いても答えを渋り、もうどれだけ居座ってると思ってるのよと家主特権を振りかざすと清六はしぶしぶ答えた。
「権兵衛は、声が出ないからな」
……上方で出会ったときには喉をやられていた権兵衛は、いくら教えようとしても強くなりきらない。喉を走る筋がちぎれている以上治すにも限界があり、できる限りのことは教えたがこれ以上にはならない。だから刀を持ってはいけないという。修練が足りないなら、自分を保てない。……わかったようなわからないような、そんな話だった。持ったらどうなるの?と聞こうとしたら、鬼丸がうなり声を上げ始めた。場所は町の外れ、人通りもある。向こうからやってきたざんばら髪の男は、どこかで見覚えがあるがこんな風体ではなかったはずだ。ひひひ、とうつろな目をぐりぐり回して錆びた刀を抜く。男が斬りかかると、清六が叫んだ。
「どけ、鬼丸!」
一瞬の立ち会いで清六の頬に傷がついた。男はその勢いのまま走り抜けどこかへ消えた。清六は、すぐにとって返して宿にいた葛葉と判次を連れて店に戻った。
※
「そいつと、立ち会ったことがあるんだな」
ああ、と清六が答えた。いつどこで戦ったんだろうと思っていたらこの店らしい。あんなのいたっけ?たくさん来るからわからない、と思い出そうとして「確かに普通ではない」と自分で言い負かされてヘコんでいると、だいぶ前のことだと清六が言っていた。この店にやってきたとき、佐山一家が手練れを送り込んできた。その場にいた旅の者たちと一緒に追いはらったが、そのうちの一人が刀を持っていた。ただの刀ではない、かき集めた四本のうちの一本。こちらが丸腰なら勝てた保証はなかったその男は、違う刀を持っていたとしても相応の使い手。取り上げれば元に戻るだろうと考えていたがそうはならなかったらしい。妙に力を増やし悦に浸った記憶が、男を狂わせ駆り立てる。もう一度、あの刀が欲しい。指を一本潰されていたのが致命的だというのが清六の見立てだ。筋者なら切るのかと思えば潰しただけ、無理に戻してああなったのではないかという。どんな相手だったか、判次には予想がつくらしい。清六が一人で戦うことを避け、助太刀に入った男も相当な使い手であれば手こずる相手は尋常な者ではない。そういう手合いが一番困るという。体ばかり強く頭を使えばすぐ転ぶ、こういう奴は大したことがないのに言いなりにするには都合がいい。そういう者が一番持ってはいけない刀らしい。所詮は人斬りの修練、自分が狂っていくことに気がつかない阿呆の末路。そんな奴に、殺されるのはごめんだ。清六と判次は、男と戦うつもりらしい。刀を手にしなければ大した者ではない、こちらが見つければいい。気をつけはするがそれ以上ではないと踏んでいたらしいけど、表で大騒ぎがあるなんて私も思ってなかった。
「火事だ!」
やれやれ、こないだ臭水の火の臭いが残りしばらく鬼丸が山から戻らなかったあのときに比べれば火事なんてたいしたことない、と思って見に行くとウチの店が燃えている。ぎゃー!まだ入り口だけだから清六と判次がなんとかしようとしていた。燃えてる壁を判次が切りつけて壊すから「何してんのよ!」と怒ったが「あそこはただの壁だからいくらでも直せる」と清六も手伝いに行った。二人して父さんの店を壊すんじゃない!火を消している間に、表の誰かが走り去った。落ち武者のような死人のような男は、どこに消えたのだろう。遅れてやってきた葛葉が「裏です!」と私を引っ張っていった。男は店に忍び込み、刀の一本を抜いていた。男の目がその光に吸い寄せられ、にやりと笑い手に力がこもった。刀を構えてこちらに向かってきた男を止めることはできず、清六も判次も間に合わない。すると、男は足を止めた。私の後ろにいたのは、権兵衛。納屋から勝手に持ち出した父さんの白鞘を手に、男に迫った。ガタガタ震えた男は白鞘の鯉口が切られて刃が見えると刀を落とし、泡を吹いて気絶した。後に清六と判次が男を縛り上げ、火付け盗賊として役人に突き出した。
※
「刀を抜ける者は限られている。修練が足りないなら、ああなるのが道理だ」
判次が言うには、人間は生まれながらに壊れ続けている。知っていようと知らなかろうと、自分で直すこともできれば自分で壊すこともできる。直す手段を持たないのに壊され続ければたどり着くのはあの姿、体の芯から臓腑まで真っ当な人間ならどうということはない。……そんな人間がまずいないことも、事実だという。だから修練を積んだ者でなければ清六が集めた刀四振り、持つこと自体許されない。ああ、と清六も同じ考えで、だから鼬も改造もいたずらに抜こうとしなかった、と言っていた。「鼬は覚えてるけど、改造って?」と聞いたら、鼬の後に来た男らしい。西の空に明けの明星の。止めた方がいいのかな。
それには構わず、これもその手のものだろうと判次は権兵衛から白鞘を受け取った。こらこら!返しなさい!と言っているのに刀を抜こうとする判次から白鞘をふんだくったけど、清六が不思議そうだった。判次も、信じられないらしい。
「……抜けないんだ」
抜こうとしたが鯉口を切れない。権兵衛も清六も抜いたことがあるのに、平常から刀を持つ判次がまるで拒まれるように抜けなかった。どうやって抜いた?と清六に聞いた判次だけど、清六もそのときは夢中だったから覚えていないという。もう一度抜いてみようとするので清六をぶん殴った。絶対に渡せない、父さんの形見なの!「父さんがいるのと刀がないのと、どっちがいい?」と聞かれて私は父さんについていった。危なかったらすぐに捨てろと父さんが言っていた。自分のことが一番大事だって。だから絶対手放さない!権兵衛なら抜けるんじゃない?と葛葉が馬鹿を言ったけど、権兵衛はもう抜きたくないみたいだった。空気が読めるなあ。




