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旅は道連れ世は助け

(OR12)旅は道連れ世は助け(お六と権兵衛)

※※※※※※※※※※※※


 ……私は義理堅い。父さんがそうだったように、この店は行き場のない者に寛大で、乱暴な者に厳しくあるように心がけている。だから、こういう連中に来られると困る。

「かなめさん、悪いね。飯までもらって」

 そりゃあ助けてもらったんだから、少しくらいはおごってやってもいい。けど、もう半月も居座っていて、宿無しだからと部屋を貸したら動く気がないようだ。ウチの納屋にしまってある父さんの白鞘を、やたらと欲しがっているのでたまにそれとなく頼んでくる。それとなく頼まれようが図々しく頼まれようがぶん殴って断る。別に痛そうな風ではないので遠慮しない。ときどき「耐え忍ぶことは得意だ」と言っているので、我慢強いのだろう。遠慮しなくていい。


 本当にタダ飯ならいい加減追い払っているのだが、そうとも言い切れない。払ってもらっているわけではない。店の片隅で、男衆と飯を食っている権兵衛がくせ者だ。権兵衛などと言っているが妙齢の少女、言葉を話せず名前がわからない「名無しの権兵衛」はタダ飯ぐらいの清六の旅の供だ。別にしゃべるわけでもなく適当に笑って愛想を振りまきお相伴にあずかるだけなのに、男衆がやたら喜んで金を落としていく。おかげで二人分くらいの宿賃は儲かっていて、もうちょっといていいか?と聞かれたときに断りきれなくなった。別に普段から儲かっているわけではないので助かる、という内情があるわけではない。


 だいぶ楽になった大福帳の書き入れ時を狙って、清六が「悪いがもう数日」などと言ってきた。父さんの白鞘を渡せば帰るのだろうが、渡すわけない。いくら頭を下げたからと言って渡さないし、あんたのその下げた頭に包丁が刺さらないうちにどっかに帰れ!と言い出す直前に切り上げられる。言い出してしまえばいいのに、時期が合わない。こっちから切り出さないと。そう思っていた夕刻、清六は男を一人連れて帰ってきた。


 男はボロボロで、刀傷があり上手く歩けない。肩を貸していた清六に事情を聞いたけど、喧嘩があってやられた、としか知らず名前すらわからない。まず医者に行けばいいのに私の店に来るから、とにもかくにも手当てをした。死なれたら困る。店が潰れる。手当しながら話を聞いた。男の名はとび。どこかの商家の旦那の付き人だという。


 このあたりの荒くれ者と喧嘩になって、主人は逃がしたがとびはやられた。この辺の荒くれ者というと、佐山一家だろうか。あんな連中相手に、情けない!とさらしを巻いた足をパンと叩くと、とびは大きく跳ね上がった。相当痛かったようだが、もう少し根性を入れた方がいい、と思っていたら、清六が口を出した。

「いや、仕方ないだろう」

 喧嘩の様子を見ていたが、相手が強かった。むしろとびはよく張り合えたものだと驚いているという。佐山一家なんてこの店一つ潰せない連中で、その中で強いといってもしれている。そう思ったのだけど。


「こないだの男がいただろ?」

 佐山一家が店を潰すためにけしかけた男がいた。見た目は普通の男なのにその足運びはまるで見えず、向かいの店が間違えられてひどい目にあった。向かいの店は、今は「血染めのうどん屋」と言って赤蒟蒻の入ったかけうどんを出しているので、たくましいものだ。そして清六曰く、ああいう手合いを呼べるつながりがあるのだろう、とのことだ。袴の下の足捌きが見えないのは、体の軸がブレていないから。どこかで修練を積み、仕事として請け負った。加えて言うと「見た目は普通」というのもかなりの手練れのすること、人混みに紛れて見えなくなる術を知っている。あれを呼ぶことができるなら、まだ呼べるだろうというのだ。とびはがんばったが多勢に無勢、相手の数人がそうなのだからとび自身が相手より強くても間に合わない。せめてもう一人いりゃあな、と清六はつぶやいた。


「あいすまなんだ。オレはもう行かねばならん。この礼はいつか必ず」

 そう言って店を出ようとしたが、いけない、と言わんばかりに権兵衛が手を取った。少しばかり引っ張られたとびはやっぱりどこか痛いようで、うげっ!と言って動かなくなった。いいから座りなさい、ととびをその場に戻したが、なにやら焦っている。逃がした主人が、危ないかもしれないという。また襲われたら、次はやられる。主人には付き人がもう一人しかおらず、自分がやられたならもう一度襲われれば次は耐えられない。危ないからといって一度逃がしたのは、オレの失敗だと悔やんでいた。せめて知らせたいというので、私は清六を使いに出した。その主人とやらを探して、とびの言い分を教えてあげなさいと言いつけると、そろそろ店に居づらくなっていた清六は、断ることもできずに店を出て行った。そして三日ほど、帰ってこなかったのだ。


 三日後の晩、帰ってきた清六はとびに話を聞いた。表に待たせている主人と付き人はどうやら訳ありで、聞くのは忍びない。できることならとびに教えてほしいと言うが、とびはしばらく黙って聞き返した。

「……そこまでわかるなら、言う必要もあるまい」

 やっぱりな、と清六が言うと、話が終わってしまって私にはなんだかわからない。問い詰めようとしたら、表から声が聞こえた。向かいのうどん屋で喧嘩があったようだ。いけね、と清六が飛び出した。向かいの店で赤蒟蒻を食わせていたらしい。渦中にいるのは細身の男とおじいさん。おじいさんはだいぶ慌てていて、男の周囲には浪人のような連中が3、4人いた。細身の男はかかってくる相手をひらりとかわしているが、周りも相当強いようで、耐えれる気がしない。とびを見ると苦虫をかみつぶしている。何か知っている。ようやく、とびを叩きのめした相手だとわかった。


 清六が駆け寄ると、おじいさんが慌てて口にした。

「ああ、助けて……」

 結構大声だったけど、しっ!と清六に言われて黙った。相手の浪人たちは清六の方を見て、いったん手を止めていた。

「すまねえ、オレはこの人の付き添いでな。太助ってもんだ。その人も旅の供でな」

 清六に促された細身の男は、かく、と自分も名乗った。おじいさんは喧嘩を切り上げたがっていて、太助さん、かくさん、もういいでしょうと仲裁した。清六が入って浪人たちは慎重になり、もう一度暴れることはなかった。そしておじいさんとお付きの人が、ウチの店に来た。よりにもよって。


 とびとかくはおじいさんの付き添いで旅をしている。どこかのちりめん問屋のご隠居さんだというおじいさんは、とびの無事を喜んだがとびがやられたなら次に狙われたら勝てないと弱気になっていた。知らぬ町だからといって穏便に済ませたがったのが最初の間違い、一人やられて戦えないならもう一人も勝てない。二人でいれば百人力なのに……と悔しがった。なんでそんなに信用するのか知らないが、そうだなあと清六が相づちを打ってつっこみにくくなった。そして、清六が私に言うのだ。

「白鞘なんだけどな」

 時と場をわきまえんか!と一発ぶん殴ると、とびの足に倒れ込んでとびの方がよほど痛そうだった。失敗した。また治りが遅くなる。追い出しにくい。そんなことしてたら、かくというもう一人の付添が清六に聞いた。

「ヤツらは何者だ?」

 この辺の筋者が送り込んだ腕自慢、と私が答えると、だいたいわかっているという。それ以外の何を知りたいのかと思えば、強すぎると言っていた。自分のことを棚に上げて……とあきれたが、そう思うのは私だけらしい。とびを始めとした向こうの三人も、清六も、果ては権兵衛まで真剣な顔つき。冗談にする雰囲気ではない。腑に落ちない、冗談にしないと終わらないのに。


 清六曰く、あいつらの中に一人妙な者がいるという。周りと変わらないように見えるのに、一人だけ足運びが違う。要所を固めて逃げ場をなくし、刺したいときに刺せる。囲まれていればわからないだろうが、傍から見ていれば歴然。とびも権兵衛も疑問がないようだ。私以外バカなのだろうか。


 問題はあの一人が、なぜそんなことができるのか。修練を積んだからといってできるだろうか。相手がただの喧嘩自慢ならあるかもしれないが、こちらとて心得がある。ならばそうたやすいことではなく、誰が考えても至難。となれば……清六は私に聞いた。

「なあ、白鞘……」

 もう一発ぶん殴って、せっかく清六がとびに倒れ込まないようにしたのに、かくが飛び退いておじいさんがお茶をこぼし、拭こうとした権兵衛が蹴躓いてとびの足に手をついた。飛び上がるほど痛かったようだが、痛すぎて飛び上がれないらしい。治したいならここにいない方がいいだろう。



 その日の晩。私が暖簾をしまいに外に出ると、男が数人、あと筋者が何人か。ああ、聞いていた通り。危ないから外に出ないようにと言われていたけど、暖簾は店にとって大事なものだからこれだけでも、と思ったらもう外にいる。男数人は、私に詰め寄ってきたのだけど。

「隠居のじじいがここにいるだろう」

 うーん、と困っていると、おじいさんは自分から出てきた。横にはかくと清六。さっきとびとかくに何か仕込まれたらしい清六は、代わりを務めるらしい。

「やってしまいなさい!」

 かくと、太助と呼んだ方がいいのだろうか、二人は数人の男相手に立ち回った。筋者が私にすごんできたけど、店の壁に寄りかかったとびが腕をつかんで締め上げた。これだけで筋者は悲鳴を上げて、とびは強かったんだと今さら知った。疑っていてごめんなさい。


 相手がどんどん倒れて数を減らし、最後の一人。やっちゃえ!って私は言ってたけど、二人は攻めなかった。攻めれないのかもしれない。相手はにやりと笑って刀を抜いた。見たことのないような、なまめかしく光る切っ先は、自分に向けられてもいないのに震えが来た。見守るとびの額に、汗。かくも清六も距離を取って、むやみに近づかなかった。ほう、と相手が笑っていた。

「なるほど、目がいいようだ。さすがご公儀と言ったところ」

 あいつは何を勘違いしているのだろう。みんな風来坊なのに。そんなことを考える暇もなく、男は踏み込んだ。刀を抜く前とは比べものにならないくらい、速くて鋭い。転がるようにかくと清六が避けて、もう一度構える。くくく、と余裕が消えない男は、目が血走っている。心なしか息が上がり、何か尋常ではない。男はどうやら機嫌が良くなって、自分で語り始めた。

「さすが菊の字の一振り、血に餓えておる。二人分では足りぬわ」

 二人がかりで殴りもできないなんて情けない!って普段なら言うと思う。でも相手が、私が見たって何かおかしい。二人分で足りないなら、誰が血を流すのか。あまり考えたくなかったが、飛び散る血糊が頭をよぎる。でもそんの吹っ飛ぶようなものが目に映った。浪人と向かい合う二人に駆け寄る権兵衛。危ない!って言おうとしたら、その手には白鞘。……納屋にあったはずだけど……ああああ!と驚いたけど、相手の浪人が権兵衛をにらんで、口出しができなくなった。権兵衛は、父さんの白鞘をゆっくりと抜いて、抜き身を見せた。その途端。


 相手の浪人は、持っていた刀の切っ先を下げた。先ほどまでの動きが嘘のように、腕を持ち上げることすらできない。バカな!と浪人が驚いていると、かくが相手の腕をつかんだ。一発腹に食らわせると、浪人が倒れた。落とした刀を清六が拾い上げて、まず一本、と言っていた。私は駆け寄って、権兵衛を殴るわけにはいかないから清六をぶん殴った。清六は、殴られると思っていなかったようでまともに食らって伸びていた。青いわね。



 おじいさんととび、かくの三人はまた旅に出るという。ケガは治ってないけど、ここにいるとたぶん治らないのでその方がいいだろう。最後に清六が、三人と話していた。

「菊の字でございますか。ご苦労でございます」

 かくはその刀が何か知っているようで、清六は、ま、これしきな、と聞き流した。おじいさんも何かを聞いていた。

「服部殿のところで?」

「いや。もっと小さいとこ」

 となると……と考えたおじいさんに、とびが耳打ちした。おじいさんはにこりと笑って、最後に言った。

「何かお役に立てるなら言ってください。私の家紋ごときで、なんとかなるなら」

 ……そのときはお願いします、と言って清六は三人を送り出した。残った清六は、そういうわけで白鞘だけど……と切り出したけど、私は聞く気がないので相手にしなかった。権兵衛、お客さんをお願い!権兵衛は相手にする。あっちからは何も言わないし。

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