襲ってくるのは
襲ってくるのは(お六と権兵衛)
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表のうどん屋が災難に遭ったらしい。もともとひどい目に合うことが多く、遭ってもしのぐから「血染めのうどん屋」などやっている商魂たくましい店なのだが、今回はつらいらしい。なんでもどこぞの商人に金を積まれて店を譲れと迫られた。別に納得しているわけでもないのだがしがらみというのがたくさんあり、出入りされることになったという。でっぷりと太った商人は、私の店にもやってきた。なかなかいい娘さんがいる、といやらしい目で見た商人を「私はそういうことしません」とあしらおうとしたら、権兵衛しか見ていない。こっちにも言え、殴るから。
商人はバテレンから仕入れたものを売り払って財をなしたらしく、珍しい物をたくさん持っていた。体につける飾りらしいが、権兵衛が困っている。いらないと言いたくても声が出ないからだろう、私が断ろうとしたらこちらにも進めてきた。商人自身もたくさんつけているので、いいですよきれいですよとしきりに見せてくる。居合わせた葛葉が、ええい!と一喝するとびっくりして逃げていった。ああいうのは入れちゃダメですよ、と葛葉が言っていた。それを聞かせると使いから帰ってきた清六が嫌な顔をした。権兵衛には、そういうことがあってはいけないという。
権兵衛は上方で生まれたが、あそこは入り乱れている。優しい者と乱暴な者が半々くらい、だから誰でも信用していいわけではない。権兵衛は声が出ないから、襲うとなれば都合がいい。当時ただの小娘だった権兵衛はひどい目に合っていたのだそうだ。清六が連れていくまでは何をされていたか、よくわからない。だがそういう手合いが周りにいただろうということは、不思議でもないという。だからその商人に近寄られて嫌だったのではないか、きっと太っていただろうと適当なことを言う。何を根拠に、と思ったが商人が太っていたのは間違いないので妙な偶然だ。
明くる日、商人は清六とも居合わせた。どうやらこちらも手に入れようというらしいが、気がつくと清六が話していた。清六は、飯を食う前には手を合わせた方がいいとかそんなことを言うのだが、商人は取り合わなかった。いろいろつけているのは一度外して、と言われて商人が怒った。どうやら自慢だったようでこれを外せとは何事だ、と叫んでいる。清六につかみかかった商人は、ちくりと刺された。権兵衛が針を突き立てて、こちらはこちらで怒っている。商人がつかみかかったのだが、権兵衛に一ひねりにされた。驚いて逃げ帰った商人はまったく敵わないのによくかかっていけたものだと思っていたが、こういうときのために教えたと清六が言っていた。女だろうが壊れていなければ強い。声が出ない分どこかが途切れていて、十分とはいかないが……と残念そうに語っているがどこをどう見て足りないと思うのか。皆がその様子を見ていてやんややんや、少し前の相撲取りの興行の最後みたいだ。赤龍がもう一人の親玉を倒して、座布団が舞っていたあれ。
かわいそうだな、と清六がこぼした。あの商人は江戸から来たのだろう、とかわいそうなのは権兵衛ではないらしい。江戸はだいぶやられているのかもしれない。上方は半々だからせめぎあっているが、どちらかが強くなれば争いが起こらない。ああいう者が多いのだろうという。体に山ほどつけた飾りはかんざしのようないいものではない。おそらくはあれをつけて太ったのだろうという。臓腑が動かなくなれば死にかけと同じ、男を見れば乱暴し女を見れば欲に駆られる。よく働くが体は壊れ、人が入れ替わっていく。できれば教えてやりたいのだが、たいてい聞いてくれないらしい。怖い話ね、と相づちを打ったら気をつけた方がいいと珍しく真剣な様子だった。ああいうヤツは頭が働かず欲が強い。ちょうどあの大きな腹を頭とした蛸だと思えばさして間違っていないらしい。頭と腰を残して、臓腑が弱くて……大きな声では言えないから、違う生き物だとして伝える者がたくさんいる。江戸というのはそんなにこわいところなのだろうか。行ったことないからわからない。表のうどん屋は商人が来なくなって、また商売繁盛。何か思いついたらしい。どこで手に入れたのか、権兵衛がうまそうに焼いた蛸を食べていた。




