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第7話 「…『まとも』程度じゃ、駄目なんだ」

 戦闘の後始末を終え、兵舎に戻ったのは深夜だった。

 部屋に入ると、それまで騒がしかった空気が一瞬で凍りついた。


 荒くれ者の同部屋の連中が、一斉に俺に注目する。その視線に含まれているのは、新入りへの侮蔑ではなく、得体の知れない猛獣を見るような「畏れ」だった。


「……おい、ロッシと言ったか」


 一人の男が声をかけてきた。昼間、サメトナに下卑た視線を送っていた男だ。だが今は、その顔に色はなく、少し震えている。


「お前、一体何者だ?……あのバケモノの攻撃を受け止めるなんざ、人間ノーマルの業じゃねぇぞ」


「あぁ、そうだ。俺たちなら衝撃だけでミンチになってた。……お前、隠してるだけで、本当は『強化済』なんじゃねぇのか?」


 俺は黙って自分の手を見つめた。

 彼らにはそう見えたかもしれない。だが、事実は違う。俺はただ、必死だっただけだ。

 そして、あの怪物たち――ネオンや隊長格――との絶望的な差を痛感しただけだ。


「……いや、俺はそんなんじゃあない。だから聞きたい」


 俺は男を見据えた。


「『強化済』と……そう言ったな。戦場で隊長たちの姿が変わった。目が金色に輝き、雷のような速度で動いていた。『強化済』とは、それのことなのか」


 男は唾を飲み込み、声を潜めた。


「あぁ……『金神経化アウルム・ネルヴァ』だ。この島が隠し持つ、禁断の強化施術さ」


金神経化アウルム・ネルヴァ……」


「身体の中に魔法金属を流し込んで、反応速度を強制的に引き上げるんだとよ。成功すれば、隊長たちみたいに人の領域を超えられる。だが……」


「だが?」


「適合しなけりゃ廃人だ。精神が焼き切れて、ただの肉人形になる奴も多い。俺たち一般兵には、恐ろしくてとても志願できねぇ代物さ」


 男はブルリと身震いした。

 だが、俺の心臓は早鐘を打っていた。


 リスク?廃人?

 そんなものが何だ。


(腕を喰いちぎらせて、脳髄を貫く……)


 ネオンのあの狂気と強さ。あの領域に踏み込まなければ、俺は少し腕の立つ人間止まりだ。


 何が勇者だ、何が北伐隊セプテン・ヴィンデクス隊長だ?

 笑わせる。

 プライドも、人間性も、もうとっくに捨てた。

 俺はただ、復讐が果たせれば良い。そして……彼女を……

 俺はサメトナが安らかに眠っているのを確認すると、痛む体を引きずり、部屋を出た。


「おい、どこへ行く気だ?」


「決まっている。……『人間』を辞めにな」


 背後で男たちが息を呑む気配を感じながら、俺は隊長室へと向かった。


 ■ ■ ■


「……何の用だ、新入り。治療室へ行けと言ったはずだが」


 書類仕事をしていた隊長が、顔も上げずに言う。

 俺は直立し、彼を見据えた。


「力が欲しい。……アンタやネオンのような、人外の力が」


 隊長の手が止まる。

 ゆっくりと顔を上げたその瞳。

 暗がりの中で、金色の輝きを放っていた。


「……見たか」


 彼は立ち上がり、俺の前に立った。

 圧倒的な威圧感。大陸では、こんな雰囲気を湛えた奴と出会ったことがない。


 「俺たちは、この島独自の『強化』を受けている。ネオンのような人外もそうだ」


「その強化――『金神経化』と聞いたが、それを俺にも施してくれ」


 俺の言葉に、隊長は即答しなかった。

 書類を置いていた手を止め、深く嘆息する。そして、憐れみとも苛立ちともつかない複雑な色を浮かべた瞳で俺を見た。


 「……悪いことは言わん。やめておけ」


「なぜだ」


「成功率が低すぎる。……一割だ」


 隊長は指を一本だけ立てた。


 「適合すれば、確かに人を超えられる。だが、残りの九割はどうなると思う?施術に神経が耐えきれず、全身の内側から焼き尽くされて死ぬんだ。それも、運良く即死できればマシな方で、耐え難い拷問の如き痛みを味わいながら死ぬことになる」


 隊長は立ち上がり、俺の肩に手を置いた。その手には、上官として部下を案じる、確かな熱があった。


 「お前は、あのサハギンの王の一撃を耐え、生き残った。生身の人間ノーマルとしては破格の素質だ」


「…………」


「この島で、まともな戦力になる奴は希少だ。お前なら強化なしでも、いずれ小隊長くらいにはなれる。……貴重な『当たり』を、分の悪い賭けで失いたくない。分かるか?」


 それは、この狂った島における、彼なりの最大限の良心だったのだろう。

 俺という個体の生存能力を高く評価し、無駄死にを止めようとしてくれている。

 だが。


 「……『まとも』程度じゃ、駄目なんだ」


 俺は隊長の手を振り払うようにして、一歩前へ出た。


 「小隊長?生き残る?そんな程度の力じゃダメなんだ。俺は、ネオンのような……理屈じゃない場所に立ちたい」


「お前……」


「死ぬのは怖くない。……頼む。俺に施術をしてほしい」


 俺の瞳に宿っていたのは、勇気などという高尚なものではない。

 ただの、力への飢餓。身の程をわきまえない、復讐への渇望だった。

 隊長はしばらく俺を値踏みするように見つめ、やがて諦めたように口元を歪めた。


 「……狂ってるな。だが、いい目だ」


「隊長」


「ついて来い。『開発院』のクロム院長が、新しい玩具モルモットを欲しがっていたところだ。……死んでも恨むなよ」


 ■ ■ ■


 案内されたのは、『開発院』の最奥。

 重厚な扉が開くと、鉄錆のような血の匂いと、鼻をつく薬品の刺激臭が肺を満たした。


 部屋の中には、天井まで届く巨大なガラス筒が林立し、その中では正体不明の生物の部位が、怪しく発光する保存液の中で浮遊している。


「ヒャハッ!自ら志願してくるとはネェ!最高だヨ、君ィ!」


 開発院長クロム。

 死人のように白い肌に、目の周りだけが裂け目のようにどす黒く変色した、狂気の錬金術師。

 彼は俺を手術台に寝かせると、革のベルトで四肢を厳重に拘束した。


「説明しよう!君の貧弱ゥな神経系に、錬金術で魔改造した金、『液状魔金』を流し込み、神経をコーティングするノサ!名付けて――《金神経化アウルム・ネルヴァ》!!」


 クロムは恍惚とした表情で注入器を掲げる。液体の金が、まるで生き物のように脈動している。


「こいつをブチ込めば、神経伝達速度は人の限界を突破するゥ!魔力の循環、反射速度、動体視力……全てが人外バケモノの領域だァ!」


(バケモノの領域……ね。最高だ)


「ただしィ……代償(副作用)がちょ~っとだけあるヨ」


 彼は白衣のポケットから、小瓶を取り出して振ってみせた。中には鮮やかな青色の丸薬が入っている。


「魔金が脳を焼き切らないように、この《青の鎮静剤カエルレウム》を定期的に飲まないとダメなんだナァ。飲み忘れると……脳みそが沸騰して、発狂死しちゃうから気をつけてネッ!ヒヒッ!」


(たとえ施術が成功しても代償を伴う……か。だがそんな事でビビる俺じゃない)


「……始めてくれ」


「イイねェ!その覚悟、ゾクゾクするヨォ!成功の保証は無いから、文句があればあの世で言ってネェ!!」


 ブスリ。

 首の付け根、延髄のあたりに、太い針がねじ込まれる。

 体の内から響く不快な音。


「ガッ……!?」


「暴れちゃダメだヨォ?少しでもズレると、あの世行きだからネェ!!」


 クロムがピストンを押し込む。

 瞬間、焼けるような熱さが脊髄を駆け巡った。


「ガアアアアアアアアッ!!!」


 熱い。痛い。

 まさに溶けた鉄を血管に流し込まれているようだ。

 全身の神経が悲鳴を上げ、変質していく。

 脳が沸騰するような感覚。視界が明滅し、意識が白く染まる。

 肉を裂き、骨を侵食し、魂すらも黄金に染め上げる、神への冒涜的とも言える人体改造。

 俺は喉が裂けるほどの絶叫を上げ続け――やがて、意識を手放した。

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