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第5話 「ん……これ、きついなー」

 補完院長ビスマスにより、階級の宣告が終わる。


 俺は『市民シチズン』。サメトナは『研究者ドクター』。


 この島においてそれは、天と地ほどの差が開いたことを意味する。

 なぜ彼女が⋯。

 だが、これでもう、彼女と関わることはできない――そう諦めかけた時だった。


「ただし」


 ビスマスが鋭い視線で俺たちを見回し、言葉を継ぐ。

 

「市民、ロッシ。研究者、サメトナ。……以上二名は、階級の枠を超え『特務部ヴェイル』への配属とする」


「……特務部ヴェイル?」


 言葉からは何をするのか想像のつかない部署名に、俺は眉をひそめた。

 周囲の『市民』判定を受けた連中も、互いに顔を見合わせている。誰もその意味を知らないようだ。


 だが、俺は見逃さなかった。

 その名が告げられた瞬間、周囲を取り囲んでいた島の試験管や、白衣の研究者たちが、一瞬だけ憐れむような、あるいは嘲笑うような視線を俺たちに向けたのを。


 ……ただ事ではない。

 これは、明らかに「ハズレ」の配属先だ。俺はビスマスに声を上げた。


「待ってください!その『特務部』というのは一体何なんです?それに、彼女は『研究者』の判定を受けたはずだ。なぜ特権階級が、俺のような市民と同じ場所に?」


 俺の言葉に対し、狼型の獣人の姿をしたビスマスは答えた。


「黙れ、小僧!……だが混乱するのも無理はないか。新人。この島における階級は絶対だが、『特務部ヴェイル』だけは例外だ」


「例外……?」


「そうだ。特務部ヴェイルらは島の防衛と調査活動を担う、所長、クラド様直轄の独立遊撃部隊だ。そこでは研究者も市民も関係ない。求められるのは『生存能力』と『戦闘適性』のみ」


 戦闘適性?体力測定は中止。サメトナの能力は測れていないはずだが。


 「市民の俺はともかく、彼女の実力など誰も見ていないはずだ。それなのに、なぜ研究者の彼女が戦闘要員に――」


「――我々の『目』を侮るなよ」


 ビスマスが、低い声で俺の言葉を遮った。

 その瞳の奥にある不気味な光に、俺は言葉を呑み込んだ。

 ただ、彼女と行動を共にしていた俺にはどうしてもその判断は間違っているとしか思えない。


 どちらかといえば白痴で、身体能力も特別秀でているようには見えない。

 そんな彼女が――俺と共に死と隣り合わせの最前線へ。


「ワタシ、いま褒められたー?」


「……どうだかな」


 ■ ■ ■


 連れて行かれた先は、島の中腹にある石造りの兵舎だった。

 個室などない。薄汚れた二段ベッドが並ぶ大部屋に、男女の区別なく放り込まれる。部屋の空気は淀み、鉄錆と乾いた血、転がった薬瓶、そして薬物の甘い匂いが混じり合っていた。

  

 先客の兵士たちは、新入りの俺たちを一瞥しただけで興味を失ったように視線を戻しかけ――そして、釘付けになった。


 誰もが死んだ魚のような目をしているか、あるいは何かの薬でトんでいるかのように虚空を見つめていた連中が、この場にあまりに不釣り合いなサメトナの『異質な美貌』を認めた途端、その濁った瞳にギラギラとした生気を宿し始めたのだ。


 明日をも知れぬ命をただ浪費しているような退廃的な空気は一瞬で消し飛び、代わりに粘りつくような劣情が部屋を支配した。


「新入りか。……長生きしたけりゃ、余計なことは考えるな。命令に従って殺せ。それだけだ」


 古参の兵士の一人が、気だるげに俺へ手入れの行き届いていないロングソードと、革の胸当てを放り投げた。

 口調こそ無関心を装っているが、その視線は俺ではなく、俺の背後にいるサメトナへと何度もチラついている。


 武器はこれだけか。かつて北伐隊長として名剣を振るった俺に持たせるには、あまりに心許ない。だが、素手よりはマシだ。

 俺が剣の重心を確かめていると、隣でサメトナが支給された防具をつけようとモゾモゾと動いた。


「ん……これ、きついなー」


 彼女が胸元の紐をぐいと引っ張る。そのたびにその双丘が強調され、透き通るような白磁の肌がチラチラと覗く。

 薄汚れた兵舎の中で、彼女の存在だけが異様に浮いていた。発光しているかのような美しさ。そして、ふわりと漂う甘い香り。


「うっ……」


 俺は思わず視線を逸らした。

 女への免疫が皆無な俺には、この至近距離での無防備な姿は毒すぎる。心臓が早鐘を打ち、顔に熱が集まるのを感じる。


 だが、その強烈な色香に、先ほどから色めき立っていた周囲の男たちが我慢できるはずもなかった。


「ヒューッ。……掃き溜めにゃ過ぎた上玉が入ってきたじゃねぇか」


 下卑た口笛と共に、近くのベッドで死んだように寝転がっていた男が、獲物を見つけた獣のように起き上がった。

 伸び放題の髭に、脂ぎった肌。体格こそ良いが、その立ち振る舞いには品性も規律も感じられない。おそらく、大陸で罪を犯していたようなゴロツキか、傭兵崩れだろう。


 男は舐めるような視線でサメトナの肢体を品定めしながら、ズカズカと歩み寄ってくる。


「ねぇちゃんよぉ。そんな細い腕で剣なんか握れんのか?俺が手取り足取り教えてやろうか?夜の特訓付きでよぉ!」


 男はニタリと笑うと、サメトナの肩に馴れ馴れしく手を伸ばした。

 サメトナはキョトンとして避ける素振りもない。


「――気安く触るな」


 パシッ。


 俺は男の手首を空中で掴み、強く締め上げた。


「あぁン?何だテメェ、新入りの分際で……痛ッ!?」


 男が顔をしかめる。

 やはり大したことはない。力の込め方、反応速度。どれをとっても素人に毛が生えた程度だ。腐っても「勇者」とまで呼ばれた俺が遅れを取る相手ではない。


 「彼女は俺の連れだ。……用がないなら失せろ」


 俺がドスの利いた声で睨みつけると、男は気圧されたように視線を泳がせた。


「ッ……ちっ!番犬気取りが」


 周囲の視線もまだ刺さっているが、とりあえず一番威勢のいい奴を黙らせたことで、直接手を出してくる奴はいなくなった。

 男は悪態をつきながら、乱暴に腕を振りほどいて自分のベッドへと戻っていった。


「サメトナ、絶対に離れるなよ」


「ロッシ、頼りになるなー」


 彼女は防具の装置に苦戦しながらも、俺に微笑みかけてきた。

 こうなってしまった以上、この狂った島で、無垢な彼女だけは俺が守り抜く。


 ■ ■ ■


 息つく暇さえ与えられないのがこの島の流儀らしい。

 荷物を置いた直後、鼓膜をつんざくような警報音が鳴り響いた。


『――東の海岸より、海族サハギンの反応多数!特務部ヴェイル、直ちに出撃せよ!』


『繰り返す!これは訓練ではない!夕食前の運動だ、クズども!』


 魔導器から聞こえる出撃指令。


「クソッ、もうかよ!」


「あはは、クズって…ひどいなー」


 俺の焦りを他所に、サメトナは呑気な事を言っている。


「おいっ!遅いぞ!新人は先輩の盾なんだ!早くしろ!!」


 俺達は同部屋の住人に恵まれなかったようだ。

 俺はサメトナを急がせ、海岸へと向かった。

※本作は、長編:「『憑依された私、英雄を操る』引き篭もりを英雄に仕立てあげてみたら、大国に反旗を翻す大英雄に成り上がった模様。」の同じ世界を描いた物語です。 本編では、少女「イル」と、彼女に憑依する幽霊「ルト」の視点メイン(群像劇)で国盗り物語が進みます。 気になった方は、ぜひ本編もご覧ください! (https://kakuyomu.jp/works/822139841430093938)

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