第48話 「誰か、俺を殺してくれ」
「……待て、話が違」
俺の静止の声は、女たちの咆哮にかき消された。
「どけ蟲女ェェェェッ!!ロッシは私のものだァァァッ!!」
「巣に一番乗りー!」
「ボロ雑巾にしてくださいましぃぃぃ!!!」
雪崩れ込む狂気。視界が、淫靡なピンク色の闇へと塗りつぶされていく。俺は抵抗する間もなく、巨大な天蓋付きベッドという名の処刑台へと引きずり込まれた。
バタンッ!!
扉が閉まる音。それが、俺の人間としての尊厳が閉ざされる音だった。
「ギャアアアアアッ!噛むなサメトナ!そこは食べ物じゃない!」
「ああんっ♥激しい!窒息しますわ!もっと!」
「ロッシ、こっち見ろ!ボクを見ろ!よし、そのままイけ!」
「無礼者!私の上に跨るな!……だが悪くない!」
「頼む……誰か……水をくれ……!」
「ダメよ。まだ一回戦も終わっていないわ」
「やめろ!!やめてくれえぇぇぇっ!!」
■ ■ ■
それから、一ヶ月後。
アムニオン島の港は、いつものように冷たい潮風と、鼻を突く薬品臭、そして鉄さびの匂いに包まれていた。鉛色の空の下、アルゴエイムの港から帰還した一隻の黒塗りの輸送船が、重々しい汽笛を鳴らして接岸する。
タラップが下ろされ、白衣を着た職員たちが整列する中、今回の『北伐隊』の英雄たちが降りてきた。
「……つ、着いた……」
先頭を歩いてきたのは、杖をついた老人――ではない。あのロッシだった。
その姿は、あまりにも痛々しい。頬は極限までこけ、目の下には消えない濃い隈が刻まれ、肌は生気を失った土気色。かつて「勇者」と呼ばれ、アムニオンの改造手術によって強靭な肉体を得たはずの男は、今や歩くミイラと化していた。魂の抜け落ちた虚ろな瞳で、彼は乾いた唇を震わせる。
「……もう、出ない。……何も、出ない……」
カツン、カツンと、乾いた杖の音が港に響く。その背後から現れたのは、枯れ木のような男とは対照的に、生命力に満ち溢れ、輝くばかりの美女たちだった。
「あー、楽しかった!運動の後はご飯が美味しいなー」
サメトナが、以前より一回り大きくなった体で、タラップを元気に跳ね回る。その肌ツヤと肉付きの良さは、北の厳しい環境下で十分な「栄養」を摂取したことを物語っていた。
「フン、まあまあの戦果ね。……ロッシ、あとでボクの部屋に来なよ。マッサージしてあげるから」
ネオンの肌は、まるで最高級の香油で丹念に磨き上げられたかのようにツヤツヤと輝き、その瞳には狂気の中に満ち足りた余裕すら漂わせている。
「最高でしたわぁ……あの日々……夢のよう……思い出すだけで、また逝くッ♥」
ドロレスに至っては、恍惚の表情でよだれを垂らしながら、自分の体を抱きしめ、反芻する快楽に浸っていた。
そして、最後の一人。なぜか豪奢なドレスを身にまとい、「外交官」のような顔をして堂々とタラップを降りてくる、黄金の美女。
「ふむ。ここがアムニオンか。少し空気が汚れているが、まあ悪くない」
北の支配者、魔王リムガルドその人である。
港で出迎えたエイニヒツ所長は、その異様な集団を見て、珍しく片眉をピクリと跳ね上げた。その冷徹な視線は、骸骨のように枯れ果てたロッシと、その隣で胸を張る魔王を交互に行き来する。
「……ロッシ。私は『検体の確保』を命じたはずだが」
エイニヒツが、感情の読めない声で問う。
「何故、魔王本人がここにいる?まさか、捕虜にしたわけではあるまい」
「捕虜?ふふ、面白い冗談だ」
答えたのは、ロッシではなくリムガルドだった。彼女は自然な動作でロッシの骨張った腕に、自らの豊満な肢体を絡め、所有権を主張するように密着させる。
「約束通り、我が子の失敗作(検体)は山ほど持ってきたわ。船倉を見るがいい。希少な魔族のサンプルが唸るほど積んである」
「……ほう」
「その代わり……この男を定期的に北へ『貸す』ように。これは同盟よ」
リムガルドは、エイニヒツを真っ直ぐに見据えた。それは国家間の条約などではない。ただの「夫の貸し借り」に関する契約だ。
「まぁ、貴様の種でも良かったのだが……」
リムガルドはエイニヒツを値踏みするように一瞥し、フンと鼻を鳴らした。
「私の好みじゃないのよね。理屈っぽくて、ベッドの上でもつまらなそうだわ」
魔王からの痛烈な拒絶。しかし、エイニヒツは怒るどころか、少しだけ安堵したように肩の力を抜いた。
「……遠慮しておこう。私は研究以外に興味はない」
そして、エイニヒツは視線をロッシへと移した。その冷徹な瞳の中に、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、「憐れみ」の色が浮かんだのを、その場にいた誰もが見逃さなかっただろう。あの悪魔のような所長にすら、同情される結末。
「交渉成立だ。……ロッシ、後の管理は頼んだぞ」
「あ、所長……待っ……」
ロッシが枯れ木のような手を伸ばすが、エイニヒツは踵を返して去っていった。残されたのは、絶望的な現実だけ。
北伐は成功した。魔王軍の脅威は去り、大量の希少資源とサンプルを手に入れた。だが、その代償として、ロッシは失ったのだ。平穏と、健康と、そして逃げ場を。
魔王を倒すどころか、魔王が「通い妻(押し掛け)」になってしまった。アムニオンという組織に、最強かつ最悪の「外部顧問」が加わった瞬間である。
腕にはリムガルド。背後にはネオン。足元にはサメトナ。そして足拭きマットとして控えるドロレス。
ロッシは、冬の寒空を見上げた。そこには、かつて見たどんな景色よりも暗い、灰色の雲が広がっていた。
「……誰か」
乾いた声が漏れる。
「誰か、俺を殺してくれ」
その呟きは、冷たい海風に流され、誰の耳にも届くことなく虚しく消えた。アムニオンの管理業務は続く。
だが、彼の「人間としての尊厳」の管理は、もう手遅れなのかもしれない。
楽園のロッシ 完
【あとがき】
最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございます!これにて「楽園のロッシ」、無事に(ロッシは無事ではありませんが)完結となります。
極寒の地でのサバイバル、狂気のサウナ、そして魔王との「交渉」……。主人公のロッシにとっては地獄のような日々でしたが、執筆している私自身は、彼がヒロイン(?)たちに振り回される様を、とても楽しく書かせていただきました。魔王リムガルドという、最強かつ最悪の「通い妻」も加わり、アムニオンの日常はさらにカオスになっていくことでしょう。
ここまで連載を続けられたのは、ひとえに画面の向こうでページをめくってくださる、読者の皆様の存在があってこそです。更新のたびにいただくアクセス、温かい応援、そのすべてが私の執筆の原動力となっております。心より感謝申し上げます。
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なお、同じ世界観の戦記物「『簒奪の英雄譚』――深蒼の少女は、事実を「改竄」して大国を跪かせる【溟海のイル】」(https://kakuyomu.jp/works/822139841430093938)は現在も継続して更新しております。
「楽園のロッシ」に登場した人物が、作品を超えて出張したり、はてまた逆に来訪したりしているかもしれません。長編となり、読むのが大変ですが、是非とも合わせてご覧いただけましたら幸いです。
改めまして、本当にありがとうございました!
セキド烏雲




