第40話 「……ヴェスピッドの反応が、消えた?」
レクイウム連合王国領、アルゴエイム。
そこには、かつてないほどの活気と、異様な熱気が渦巻いていた。
「急げ!船に間に合わんぞ!」
「ロッシ様万歳!アムニオン万歳!」
港に停泊しているのは、アムニオン島から派遣された輸送船。
そのタラップを、老人や病人、怪我で働けなくなった兵士たちが、満面の笑みで上っていく。
彼らは信じていた。この船の行き先が、安寧と治療が約束された「楽園」であることを。
「ああ、ありがたや……。まさか厄介者のわしらが、こんな立派な船で迎えられるとは」
「勇者様は慈悲深いお方だ。国に残る家族のためにも、向こうで元気に暮らそう」
涙ながらに手を振る人々。
だが、彼らを誘導するアムニオンの職員(白衣を着た無機質な者たち)の会話は、その感動とは裏腹に、徹底的にドライだった。
「はい、整理番号ルーセン1-1番から5-20番、前方区画へ詰めてくださーい」
「おい、前方区画の住環境は正常か?質が落ちると査定に響くぞ」
「問題ありません。しっかりと清掃、消毒は完了、寝具も選択し天日干し済み。カビは勿論、ダニやノミ、寄生虫の類は一切いません」
ガコン、と重々しい音を立てて、船のハッチが閉ざされる。
汽笛が鳴り、希望(資源)を満載した船が、彼らの言う楽園へと出港していく。
■ ■ ■
時を同じくして。遥か北の地。
氷で築かれた氷土下に築かれた魔王城『ハイヴ』の最奥。
黄金と黒の文様の肌を持つ妖艶な魔王リムガルドは、不快げに眉をひそめた。
「……ヴェスピッドの反応が、消えた?」
彼女が産み落とした愛しい我が子の一人。硬度と俊敏さだけが取り柄の無骨な将軍だったが、人間ごときに遅れを取るような個体ではなかったはずだ。
「死んだというの?あの脆弱な人間たちの国で?」
リムガルドが指先を振るうと、空中にホログラムのような映像が展開された。
現地に放っていた偵察蟲が記録した、ヴェスピッド最期の瞬間の映像だ。
映し出されたのは、一瞬の閃光。
そして、巨大な二枚貝によって将軍捕食される光景。
だが、リムガルドの視線は、その異様な貝ではなく、剣を振り抜いた一人の男に釘付けになった。
仮面をつけた、黒髪の男。
その立ち姿。その目。
「…………」
リムガルドの脳裏に、記憶の底から一つの映像がフラッシュバックする。
一年ほど前。雪原を赤く染めた、一方的な蹂躙劇。
恐怖に震えながらも、最後まで剣を折らず、仲間を庇って立っていた唯一の生存者。
あまりに弱く、あまりに哀れで、殺す価値もないと判断し、メッセンジャーとして見逃した「ゴミ」。
「嘘でしょう……?あの時の、あいつだというの?」
リムガルドは玉座の肘掛けを爪で叩いた。
「ロッシ……だったかしら」
生かしておいたゴミが、毒を持って帰ってきた。
キジルを殺し、国を掌握し、あまつさえ我が軍団の将軍を一撃で葬り去るほどの力をつけて。
「……ふん。生意気な」
彼女は口元を歪めた。そこにあるのは、まだ明確な殺意や警戒ではない。
予想外の成長を遂げたペットを見るような、冷ややかな驚きと、わずかな侮蔑。
「まぐれか、あるいは魔道具の力か……。まあいいわ」
彼女は映像を消し、気だるげに足を組み替えた。
「調子に乗ってこちらに向かっているようだけれど……ここが誰の領地か、思い出させてあげる必要があるわね」
まだ、彼女は知らない。
その男が、単なる復讐者などではなく、倫理観の欠如した狂人集団を引き連れていることを。




