第39話 「もっと!もっと私を愛(殴)してぇ!!」
スクーティア王の勅命のもと、国中から「腕に覚えのある者」が王都に招集された。
集まった者たちは総勢100名。
先の魔王軍襲来を生き延びた傭兵、武道家、あるいは身の程知らずのゴロツキたちだ。
その中には、俺のことを神の如く崇拝している者もいれば、俺の外見を見て侮る者もいる。
「おい見ろよ、あれが噂のロッシか?ただの顔が怖いだけのひょろ男じゃねぇか」
「女を侍らせて……しかも一人は幼女だぞ。とんだロリコン野郎だな」
群衆の中で一際大きな声を上げているのは、巨漢の戦士、ブルートゥス。
「ロッシ。あの口先男の口に、手を突っ込んでいい?」
隣でネオンが、口元を緩める。しかし目が笑っていない。
「その手は後頭部から飛び出すんだろう。やめろ、貴重な志願者だ」
「ちぇ……」
ネオンは俺の言うことは聞く。
しかし、タンタルやクロムの言うことは全く聞かず、この国へ赴く道中は船内が阿鼻叫喚となったらしい。
そんなことはおいておき。
王の命を受けた貴族が、集まった志願者たちに対し、これから「選抜試験」を行うと説明した。
その方法は簡単なものだ。
ようは、体力、知力、気力、実力を測るための――バトルロワイヤル。
ルールは簡単。「最後まで立っていた10人を採用する」。ただし「殺害は禁止」。あくまで建前上は、だが。
俺とネオン、サメトナ、そしてタンタルとクロムは高台からその様子を見物していた。
「ヒョー!いいネェ!恐怖に歪む顔!絶望の悲鳴!最高のデータが取れそうだヨォ!」
クロムが手すりに身を乗り出し、眼下の獲物たちを眺めて叫ぶ。
「……あの検体の魔力……濃縮すれば小魔石程度にはなるか。いや、もっと良い使い方が……」
タンタルもブツブツと不穏なことを呟いている。
あいつらは参加者を絶対に仲間として見ていない。完全に「検体」を見る目だ。
そんなこんなで、俺たちは高みの見物を決め込み、眼下の広場で選抜試験が始まった。
■ ■ ■
試験は、凄惨を極めた。
乱戦の中、一人のエルフの修道女が俺の目に留まった。
申請書によれば、名前はドロレス。
修道女にしてはシスターベールも被っておらず、紫色の髪はボサボサに乱れている。無沈着なのか、余裕がないのか。
ただ、この試験が彼女にとって最悪なのは間違いない。何故なら、彼女は攻撃魔法が一切使えないようだからだ。
ただひたすらに祈りながら、自分に回復魔法をかけ続け、逃げ回っている。
そこへ、俺のことを試験前に揶揄していた大男、ブルートゥスが目をつけ、彼女を標的にした。
「へへっ、トロい女だ!あと一匹倒せば10人が決まるんだよ!!」
ドガッ!バキッ!
一方的な暴力。拳で殴られ、蹴られ、骨を折られる音が生々しく響く。
しかし、彼女は不思議なことに悲鳴を上げない。
苦痛に顔を歪めるどころか、どこかうっとりと耐えているようにさえ見える。
だが、所詮は生身だ。
限界を超えた一撃が入り、彼女の頭蓋が嫌な音を立てて陥没した。
ドロレスは血の海に沈み、ピクリとも動かなくなる。
「けっ、死んだか?つまんねぇ」
ブルートゥスが退屈そうに唾を吐く。
試合終了。ブルートゥスを含む10人が勝ち残った。
■ ■ ■
敗者たちが運び出される中、瀕死の修道女ドロレスにクロムとタンタルが駆け寄った。
「素晴らしい!見たかいタンタル!彼女、全身の骨が砕けているのに動いていた、脳内麻薬の分泌がえげつないんだヨきっと!」
クロムが脈を取りながら興奮して叫ぶ。
「おぉ……この魂の質、肉体の耐久性……受けた『苦痛』を『魔力』に変換する稀有な能力じゃ。それに、その魔力を無意識に自己修復に充てておる!」
死んでいてもおかしくない彼女は、その稀有な能力も手伝って、かろうじて息があった。
しかし、朦朧とする意識の中で、彼女はもっと痛みを欲して笑っている。
要は、狂っている。
俺がこの修道女に興味を持った理由。それは、彼女が秘めた魔力の特殊性だ。
魔力探知で見れば、この女は異常なほど高密度な魔力を体内に蓄えている。まるで魔石を飲み込んだかのように、特に下腹部に集中して光って見えるのだ。
「……放っておけば、死ぬな」
だが、もはや手遅れなのは自明の理だ。
「ノンノン!ここで死なせるには惜しすぎる素材だ!直ちに手術を開始する!!」
「ここでするのか!?」
俺の制止も聞かず、その場で簡易テントが張られた。
タンタル(薬魔院長)とクロム(開発院長)による、悪夢の緊急手術が始まる。
中からは、耳につく鋸やドリルの音に紛れ、断末魔ではなく、何故か「ああんっ♥」という嬌声が響き渡る。
■ ■ ■
数十分後。テントが開かれた。
現れたのは、修道女ドロレスだったモノ……。
しかし、その姿は変貌していた。
その肌は鬱血したような紫色に変色しており、体中には無数の金属ステープラーによる縫合跡。恐らく損傷が激しかったため、他の脱落者の遺体の一部を充てたのだろう。ツギハギだ。
そして一番目を引くのが、頭部から突き出た、太く長い黒い角。その先端は折れており、そこからピンク色の煙が煙突のようにシューシューと吐き出されている。
いや、そこだけではない。彼女の口からも、甘い匂いのする煙が漏れ出ている。
「ノンッ!私一人なら完璧に成功していたが、耄碌タンタルの手先が狂ってちょっと失敗したネ!」
クロムがいつになく焦ったように叫ぶ。
「何を言うとる!お主の金神経化が甘かったんじゃろうが!その魔力回路じゃ焼き切れるから、煙突をつけて熱暴走を逃がす提案をしたのは儂じゃぞ!」
責任を擦り付け合うマッドサイエンティスト二人。
そんな口喧嘩をよそに、修道女ドロレスは、クロムによる金神経化とタンタルによる魔力最適化手術を終えたばかりだというのに、ゆらりと立ち上がった。
俺ですら術後はしばらく動けなかったのに。彼女の特異体質のおかげか。
「あぁ……なんて素晴らしい身体……痛みが、痛みが内と外から溢れてくるわ……♥」
彼女は自分の身体を抱きしめ、恍惚の表情を浮かべている。
やはり、完全に狂っていた。
「な、なんだテメェ!生きてやがったのか!これじゃ11人じゃねえか!!認められるかよ!!」
勝ち残ったブルートゥスが、彼女の立ち上がった姿をみて激昂し、歩み寄る。
ドガッ!!
フルスイングの拳が、彼女の腹部を捉えた。
内臓が破裂してもおかしくない一撃。しっかり食らい、悶えるドロレス。
しかし……。
プシュゥゥゥゥ――ッ!!
頭の折れた角から、ピンク色の蒸気が激しく噴射された。
その漂う蒸気を浴びた周囲の敗者たちの傷が、みるみる癒えていくではないか。
「んほォォォッ♥最高ですわぁ……もっと!もっと私を愛(殴)してぇ!!」
「ひ、ひぃッ!?何だコイツ!!」
完全にドン引きして後ずさるブルートゥス。
そして俺たちも言葉を失っていた。
「うげぇ……。おっさんたち、また変なの作り出した」
「くんくん、あの雲。変な匂いするー。癖になるー」
ネオンは嫌悪感を露わにし、サメトナは興味深そうに鼻をひくつかせている。
サメトナやネオンとは別の異常性。そして、あの即興の手術に適合したという奇跡。
そんな彼女に、俺が目を引かれたのは、選抜に残った10人のなかで、唯一の回復魔術の使い手であったということ。
俺達に足りなかった、パーティーの欠片。
だが、ブルートゥスはそれを理解する由もない。
「おい、ロリ趣味のヒョロッシ!!コイツを処分しろよ!!じゃねぇと10人になんねぇだろうが!!」
大男は、更に実力行使に出た。
ドロレスに対して、地面に転がっていた巨大なウォーハンマーを拾い上げ、その頭に向かって全力で振り下ろそうとしたのだ。
これは試験ではない。殺人を目的とした攻撃だ。
ザンッ。
俺は一瞬で間合いを詰め、ブルートゥスを切り捨てた。
大男は悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちる。
「カッ……なぜ……」
「彼女の価値は、貴様の数百倍上だ」
俺は冷たく言い放ち、血振るいをした。
何故か、背後の修道女ドロレスが「はうっ♥」と奇妙な声を上げた。
彼女は頬を赤らめ、下腹部を押さえ、俺にすり寄ってくる。
「ロッシ様ぁ……殴られたかったのにぃ。責任とって、かわりに殴ってぇぇ♥」
ドロッとした情熱的な瞳。
「チッ……」
「シャーッ!」
ネオンとサメトナから、強烈な殺気が放たれる。
それに挟まれ、冷や汗を流す俺。
こうして、まさかの敗者復活枠として、アムニオン製・最狂のドMヒーラーが爆誕したのだった。




