第38話 「勇者パーティよりもタチの悪い、『災害』を引き連れて行ってやる」
絶海の孤島、『アムニオン』から、二人の怪物がやってきた。
薬魔院のマッドソーサラー、タンタルと、開発院のマッドサイエンティスト、クロムだ。
彼らの入国により、スクーティア王国の統治システムは、島流の「超・効率的支配機構」へと急速に組み替えられていった。
名目は「魔王軍の侵攻から国を守るための改革」。
だが実態は、上納金の徴収に近い。
魔王という脅威から守ってやる代わりに、国富をよこせというわけだ。その目的はただ一つ。島への物資供給ラインをいち早く確立すること。
一方で、王国の懸案事項であった深刻な食料不足問題は、働けない者たちを「資源」として島へ送ることで、物理的に解決(口減らし)された。
働ける若者は国に残り、復興と生産へ。
働けない老人、病人、怪我人は、楽園へ。
「お婆ちゃん、楽園で楽しく暮らしてね!」
「ああ、勇者様の島に行けるなんて夢のようだわ。長生きはするもんじゃのう」
家族らが笑顔で手を振り、送られる者たちも希望に満ち溢れて港行きの馬車に乗り込んでいく。
その行き先が地獄とも知らずに。
俺はその美しい地獄絵図を、執務室の窓から無表情で見下ろしていた。
そんなところに、一匹の狂犬が転がり込んできた。
ガシャァァァァァンッ!!!
執務室の窓ガラスが派手に粉砕される。
「ロッシ!!やっと会えたぁ♪」
ガラスの破片と共に飛び込んできたのは、黒衣の戦闘服に身を包んだ少女。
島から絶対に出してはいけない狂人、ネオンだ。
「……はぁ」
俺は深く頭を抱えた。
執務室の入り口からは、タンタルとクロムが顔を出し、「いやぁ、止めたんですがね」「彼女、速すぎて無理だヨ」ともごもごと言い訳をこねている。
「お前ら……あれの監視を俺に押し付けに来たな?」
俺が睨むと、二人はそそくさと視線を逸らした。
こいつら、自分の研究以外はどうでもいいと思っていやがる。
「ネオン!!」
その時、俺の後ろに隠れていたサメトナが、警戒心露わに飛び出し、ネオンに抱きついた(タックルした)。
「え?……あれ……もしかしてサメトナ!?」
ネオンが目を丸くする。
彼女はサメトナが消えたと聞いて、悲しみつつも「これでロッシは私のもの」と、恋敵が消えたことを喜んでいたことを俺は知っている。
「あっれぇ!!こんなに小さくなって!可愛いじゃん♪」
ネオンはサメトナの頭をナデナデしながら、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「ふふ、これならボクの『勝ち』だね。まさかロッシにロリコン趣味はないだろうし。脅威じゃなくなったってわけだ」
何が勝ちなのか分からないが、彼女は幼児化したサメトナを、もはや恋敵とはみなさなくなったようだ。
だが、甘い。甘すぎる。
それは人間の常識であり、こいつ(怪物)には通用しない。
「……ネオン、邪魔。ロッシと繁殖するの」
「……は?」
俺の脳裏に蘇る、関所や謁見の間での爆弾発言。
サメトナは身体が縮もうが、本能が剥き出しになった分、むしろタチが悪くなっている。ネオンが油断していられるのも今のうちだろう。
と、そんな俺の悩みの種が再び増えたところで、幹部二人から、エイニヒツ所長の新たな指示が伝えられた。
「北伐隊を再結成し、魔王領へ進軍せよ」
タンタルが淡々と告げた内容は、死刑宣告にも等しいものだった。
相手は、北の魔王リムガルド。
かつて俺たちスクーティア王国の精鋭部隊を、赤子の手をひねるように壊滅させた絶対的な捕食者だ。あの雪原での絶望は、今も俺のトラウマとして焼き付いている。
だが、今回のオーダーはさらに狂っている。
「倒す」のではない。「生け捕れ」と言うのだ。
希少な高位魔族を、傷つけずにサンプルとして島へ送れ、と。
一度敗北した相手に、さらに難易度を上げて挑めという無茶振り。
俺は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
だが、拒否権などない。
(……やるしかない、か)
俺は覚悟を決めて、改めて今回の「隊員」たちを見回した。
幼児化したとはいえ、絶対防御の殻を持つ怪物――サメトナ。
制御不能の、快楽殺人鬼――ネオン。
そして、《金神経》と《魔族の心臓》を得た、元勇者の俺。
かつての北伐隊とは比べ物にならない。凶悪で、協調性がなく、そして――絶望的に強い。
だが、パーティとして見るなら、あまりにバランスが悪い。
攻撃と防御に偏りすぎていて、決定的な「何か」が欠けている。
必要だ。この混沌とした鍋に放り込む、強力なスパイス(人材)が。
俺は深くため息をつき、雪の舞う北の空を見上げた。
「リムガルドよ、震えて待っていろ。……勇者パーティよりもタチの悪い、『災害』を引き連れて行ってやる」




