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第35話 「……あ、危ねぇぇぇぇッ!!」

 王城、謁見の間。そこには、キジル残党の襲撃から逃れ、国王に直訴するために集まっていた有力貴族たちがひしめき合っていた。彼らは突然現れた俺と、濃厚な血の匂いを纏わせた幼女を見て、息を呑んだ。


「き、貴様は……ロッシか!?よくもノコノコと……!」


「衛兵!衛兵は何をしている!出会えッ!」


 喚く貴族たち。だが、駆けつける兵士はいない。俺は無言で剣を抜き、一番うるさかった貴族との距離を一瞬で詰め、その喉元に切っ先を突きつけた。


「ひいっ!!」


 微かな悲鳴。そして、氷水を浴びせられたような沈黙が広がる。ここに集まった貴族たちは、王から俺とキジルの殺し合いの結果を聞かされているだろう。一人くらい見せしめに殺そうかと考えていたが、その必要は無かったようだ。恐怖で顔を引きつらせ、脂汗を流して硬直する男を見下ろしながら、俺は剣を引いた。


「理解が早くて助かる」


 俺はカチンと剣を納め、玉座で震える国王を見据えた。


「単刀直入に言う。……北から魔王軍が来るぞ」


「な……!?」


 王の顔色が変わる。


「騎士団も崩壊し、防衛戦力のないこの国は終わりだ。だが、慈悲深い俺の上司エイニヒツが、救済の道を示してくれた」


 俺は広間に響くよう、朗々と宣言した。


「俺が『管財人』としてこの国を管理する。そうすれば、お前たちを助けてやってもよい、とな」


 その言葉に、貴族たちが爆発したように反発した。


「ふ、ふざけるな!追放された罪人が、この国を管理だと!?」


「我々は誇り高きスクーティアの貴族だぞ!どこの馬の骨とも知れぬ組織の軍門に下れというのか!」「陛下!このような無礼、断じて許してはなりませぬ!」


 口々に叫ぶ貴族たち。王もまた、屈辱に唇を噛み締めていた。だが、俺は何も言わず、ただ冷ややかな視線で彼らを見回した。


「…………」


 その沈黙が、彼らに突きつける。現実を。キジルは死んだ。騎士団は壊滅した。誰が戦う?誰が魔王軍を止める?お前たちに、剣を握る覚悟はあるのか?

 叫び声が、徐々に小さくなっていく。彼らの表情が、怒りから絶望へ、そして諦めへと変わっていく。自分たちではもはやどうしようもできないという葛藤。プライドと生存本能の天秤。そして、秤は傾いた。


「……そ、それで……」


 王が掠れた声で搾り出した。


「お前に従えば……本当に、助かるのだな?」


 屈服した。俺は自身の身の安全しか考えていない彼らに、甘い毒のような提案を投げかけた。


「戦える者は、俺についてもいい。俺と共に魔王軍を迎え撃つ名誉を与えよう。……そして、戦えない無能な者たちは、我らの本拠である『アムニオン』へ避難させてやる」


 避難。その言葉に、貴族たちが色めき立った。『アムニオン』などという場所は初めて聞く名だろう。だが、今の彼らにとって、それは地獄に垂らされた蜘蛛の糸に見えたはずだ。


 彼らは知らない。そこが「楽園」などではないことを。


「島……!安全な場所なのか!?」


「行く!私は行くぞ!金ならある!いくらでも払う!」


「私の家族もだ!優先的に乗せてくれ!」


 我先にと手を挙げる貴族たち。その醜悪な姿を見ながら、俺は仮面の下で歪んだ笑みを浮かべた。これでいい。エイニヒツ所長への手土産(資源)は確保できそうだ。

 その時、サメトナが俺の服をクイッと引っ張った。


「ねぇロッシ。ご飯食べたから運動したい」


 彼女は上目遣いで、何かを口走ろうとした。


「繁しょ――もごッ!!」


 俺は《魔族の心臓》をフル稼働させ、音速に近い踏み込みで、間髪入れずにサメトナの口を物理的に塞いだ。


(……あ、危ねぇぇぇぇッ!!)


 心臓が早鐘を打つ。こいつ、本当にタイミングというものを……!この静まり返ったシリアスな空気の中で、もしその単語が発せられていたら、俺が作り上げた「冷徹な支配者」のイメージは一瞬で崩壊し、「幼女とナニかしようとしている変質者」の烙印を押されるところだった。


 俺の掌の中で、サメトナが「むー」と抗議している。俺は冷や汗を拭いながら、一つの事実に気づいた。


(……分かってきたぞ。こいつがそれを言うタイミングが)


 それは、暇な時だ。小難しい政治の話や、貴族との駆け引き。そういった退屈な状況になると、彼女の本能的欲求が顔を出すのだ。


 静まり返る謁見の間。貴族たちは、俺が突然幼女の口を塞いだ行動に呆気にとられている。


「……咳払いをしようとしたのでな。エチケットだ」


 俺は苦しい言い訳をしながら、必死にポーカーフェイスを保った。こうして、恐怖と誤解とカオス、そして俺の心労の中、スクーティア王国の「管理」が始まったのだった。

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