第34話 「実は片付けは苦手なんだ」
王都は、腐臭と硝煙の匂いに包まれていた。国家運営の要であった宮廷魔術師キジルが死に、事実上の無政府状態となったスクーティア王国。治安は崩壊し、食料を求める暴動、貴族の逃亡、そしてキジルの支配に甘い蜜を吸っていた「残党」による略奪が横行している。
「勇者様がいれば……!ロッシ様さえいてくだされば!」
逃げ惑う民衆の中から、そんな勝手な嘆きが聞こえてくる。滑稽な話だ。かつて俺の流刑が決まった時、反対した奴など一人もいなかったくせに。喉元過ぎれば何とやら、自分たちが窮地に陥った途端に縋ってくる浅ましさには、怒りを通り越して呆れすら覚える。
俺は情報の渦中にある王都の大通りを、堂々と歩いていた。相変わらず俺のローブの裾を掴んでいる「小さな連れ」と共に。
「情報通りだな。貴族どもはキジル残党の襲撃に怯え、城に逃げ込んでいるらしい」
俺は仮面の奥で冷笑した。本来なら一つずつ貴族の屋敷を回って脅し上げる必要があったが、向こうから一箇所に集まってくれているとは。
「脅して回る手間が省けた。丁度いい」
「ん。ロッシ、悪い顔してる」
サメトナが俺の顔を見上げてクスクスと笑う。こいつは、不穏なことを言わなければ見た目相応に可愛いのだが。
そんなことを考えていると、前方から怒号と打撃音が聞こえてきた。瓦礫の山の前で、武装した集団が、逃げ遅れた数人の市民を取り囲んで暴行を加えている。目つきの悪い兵士崩れや、キジルの配下だった魔術師たちだ。
「おい、何を見ている?目を逸らせ、この汚物が!!」
ドガッ!兵士が、食料を抱えてうずくまる父親の顔面を、汚いものを踏むように蹴りつけた。
「あぐっ……!お、お助けを……これしかないんです……子供が腹を空かせていて……」
「知ったことか!偉大なるキジル様亡き今、この国の支配者は俺たちだ!俺たちがルールだ!俺たちが法律だ!」
兵士は父親から食料を奪い取ると、それを地面に叩きつけ、あろうことか靴底で踏みにじった。
「あぁっ!?ぱ、パンが……!」
「ハハハハ!これがお似合いだ!お前ら愚民はなぁ、生きてるだけで空気と食料を無駄にする、ただのゴミなんだよ!!」
兵士たちは口汚く罵りながら、逃げ惑う市民たちを壁際に追い詰めていく。
「おい見ろ、あの薄汚い顔。まさにゴミ捨て場がお似合いだぜ」
「違いねぇ!ゴミはゴミらしく、俺達の食い残しでも漁ってろ!」
「さぁ、金目の物を全部出せ!出さなきゃその薄汚い命ごと焼却処分してやるからなぁ!!」
徹底的な侮蔑。彼らは市民を人間だと思っていない。自分たちの欲望を満たすための消耗品、あるいはただの「燃えるゴミ」として扱っている。
俺が呆れながら近づくと、彼らがようやくこちらに気づいた。
「あん?……おい見ろ!上等な服を着た男と……ガキだ!」
「ヒャハハ!ちょうどいいカモが来やがった!金目の物を置いていけ!そのガキも置いていけ、慰み者にしてやる!」
下卑た笑い声を上げ、武器を構えて襲いかかってくる暴徒たち。俺はため息をつき、剣の柄に手をかけた。
「……後片付けに来たんだが、ゴミ以下の奴らはどうしようもないな」
一閃。そしてまた一閃。《金神経》によって加速された刃が、兵士たちの首を刎ね飛ばす。
「ひっ!?」
「な、なんだこいつ!速すぎて見えな……」
動揺する残党たち。だが、本当の悪夢は俺ではない。
「……ロッシ」
俺の横で、サメトナが袖をくいっと引っ張った。彼女は、血走った目で襲いかかってくる暴徒たちをじっと見つめ、そして――ジュルリと音を立てて涎を垂らした。
「おなかが減ってもう限界ー。死んじゃうー。……ねぇ、ロッシ。『あれ』、食べて良いでしょ?生きてないからーっ!」
彼女が指差したのは、俺が首を跳ね飛ばした兵士の泣き別れの身体。純粋無垢な瞳。だが、そこには慈悲など欠片もない。
「……あれって、おまえ。人だろう」
俺は顔をしかめた。関所での一件があるとはいえ、やはり生理的な嫌悪感は拭えない。だが、相手は俺たちを殺そう(あるいは慰み者にしよう)とした敵だ。慈悲をかける義理もない。
「……俺は許可を出す立場にないが。お前さえよければ、好きにすればいいだろう」
俺が突き放すように言うと、サメトナの顔が花が咲くように輝いた。
「ありがとー」
彼女は一歩前に出ると、小さな両手を広げた。
「いただきまーす」
メキメキッ!!
彼女の腕がメキメキと音を立て、その幼い身体には不釣り合いな、巨大な二枚貝の殻に変質する。神秘的で、美しくも禍々しい硬質な殻。それは次の瞬間、巨大な捕食者の顎となって、暴徒たちを戦慄させた。
「な、なんだあれは!?!?」
バクッ!!
鈍い音が響き、彼女と兵士の亡骸が貝殻の中に消えた。貝が閉じる。
ゴリッ、グチャ、ブチブチブチ……。
閉ざされた殻の中から、骨が砕け、肉がすり潰される生々しい咀嚼音が漏れ聞こえてくる。
「ひっ……!?く、喰って……!?」
残された暴徒たちが、恐怖で凍りついた。目の前で起きている惨劇が理解できない。
「んー。筋張ってる。でも、満たされる」
暫くしてサメトナの殻が開いた。そこに兵士の姿は無い。現れた彼女は、満足げに口元の赤を舐め取る。
「あ、またご飯だ。でも生きてるのは……ダメなんだっけ?」
まだ残っている暴徒たちを見て、無邪気に笑った。
「ひぃぃぃぃぃッ!!?化け物ぉぉぉッ!!」
「助けてくれぇぇぇ!!」
暴徒たちは武器を捨て、俺に対してよりも遥かに勢いよく一目散に逃げていった。つい先程まで市民をゴミ扱いしていた連中が、今はゴキブリのように散り散りになっていく。
「……ロッシ、よけいに散らかってるよ?」
サメトナが、血だまりと肉片が散乱する惨状を見て、不思議そうに首をかしげる。
「実は片付けは苦手なんだ。……行くぞ」
俺は、王城への道を急いだ。




