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第25話 「おー、デカいねぇ」

 王城への道は、もはや散歩道と化していた。


「あははは!脆い、脆いよぉ!」


 ネオンが軽やかにステップを踏むたびに、行く手を阻もうとする近衛兵たちが宙を舞う。

 彼女は武器を持っていない。ただ、襲いかかる刃を楽しそうにかわし、すれ違いざまに的確な手刀を打ち込んでいくだけ。

 それだけで、王国自慢の精鋭たちが、まるで枯れ木のように無力化されていく。血飛沫が舞う中、彼女の褐色の肌は返り血一滴すら浴びていない。戦場の踊り子。向かってくる敵だけを刈り取る、無邪気な死神。


「ロッシ、ここのお城、石造りできれいだねー」


 サメトナはサメトナで、戦場のど真ん中を観光客のように歩いている。飛んでくる矢は、触れた瞬間に「パキン」と乾いた音を立てて白い粉となり、霧散する。誰も彼女に触れることすらできない。


 俺は黙々と、玉座の間へ続く巨大な扉の前まで歩を進めた。ここまでの所要時間、わずか十分。

 かつて俺が守り、命を懸けた王国の防衛網は、俺たちが連れてきた「規格外」の前には紙切れ同然だった。立ち向かってくる愚か者は排除する。だが、怯えて逃げ惑う使用人や雑兵には目もくれない。


 ドガァァァァンッ!!


 俺は扉を蹴破った。蝶番が引きちぎれ、重厚な扉が紙くずのように吹き飛んで謁見の間の床を滑っていく。


「ひぃッ……!?」


 広大な広間の最奥。豪奢な玉座の前で、一人の男が悲鳴を上げた。


 宮廷魔術師キジル。この国を裏から操り、俺を嵌め、人体実験の島送りへと追いやった元凶。陰湿で痩せこけたその男は、今は恐怖に顔を歪ませていた。


「き、貴様ら……表の騎士団はどうした!?ベルドールは!?」


 キジルは杖を震わせ、床に転がした初老の男――国王を盾にするようにして叫んだ。かつての傲慢さはどこへやら。あるのは、理解不能な暴力への原初的な恐怖のみ。


「地獄へ送った。……すぐにお前も追いつく」


 俺が歩み寄ると、キジルは顔を引きつらせて後ずさった。


「ば、馬鹿な……数百の精鋭だぞ!?私の強化魔法を受けた最強の軍団が、たった数分で……!?」


「最強?笑わせるな」


 俺は仮面越しに冷ややかな視線を送った。


「あんなものは『力』じゃない。ただのまやかしだ。……本物の力というものを見せてやろう」


 俺は一歩踏み出し、キジルとの距離を詰める。その圧だけで、キジルの周囲に展開されていた何重もの防御結界が、ガラスのようにピキピキと音を立てて砕け始めた。


「ひぃぃッ!くるな、来るなぁぁッ!!」


 追い詰められたネズミの形相。だが、腐っても宮廷魔術師。彼はただ怯えて死ぬだけの男ではなかった。


「おのれぇ……亡霊め……!だが、ここで終わる私ではない!見せてやる……私が研究の末にたどり着いた、真の深淵を!!」


 キジルが懐からどす黒い宝玉を取り出して掲げ、杖を床に突き立てた。


「死した兵の血肉を糧とし、深淵より出でよ!!禁断召喚――『レヴュアダン』!!」


 ズズズズズ……!


 空間が裂けた。謁見の間の天井付近、虚空に巨大な「穴」が開き、そこから粘りつくような瘴気が溢れ出す。


「ギャオオオオオオオオッ!!!」


 耳をつんざく咆哮。穴から這い出てきたのは、人と蛇が混じり合ったような、全長二十メートルを超える巨大な魔物ナーガだった。全身を黒光りする鱗に覆われ、四本の腕には巨大な鎌のような爪が生えている。その瞳は、見る者すべての正気を削り取るような、禍々しい紫色の光を放っていた。


「ひっ、ひひひ……!見ろ!これぞ《概念の彼方》に住まう魔獣レヴュアダン!貴様らごときが束になっても敵う相手ではない!!」


 キジルが狂ったように笑う。

 確かに、デカい。放出される魔力量も桁違いだ。普通の軍隊なら太刀打ちすらできない、これ一匹で国が滅ぶレベルの個体だろう。


 だが。


「おー、デカいねぇ」


 ネオンが嬉しそうに口笛を吹いた。


「ねぇロッシ。君、あいつ(キジル)を殺したいんでしょ?あのネチネチした顔、生理的に無理だし」


 彼女はナーガを見上げ、楽しそうに準備運動を始める。


「仕方ないから、ボクはあっちのデカブツで遊んでてあげるよ」


「……頼めるか?」


「もちろん。大きくて解体しがいがありそう♪」


 ネオンが地面を蹴った。その華奢な体が、矢のような速度で宙を舞う。


「シャアアアアッ!!」


 レヴュアダンが反応し、鎌のような爪を振り下ろす。だが、ネオンは空中で軌道を変え、爪の上に着地した。


「遅ーい」


 彼女は笑いながら、爪の上を駆け上がる。目指すはナーガの首。


「なッ、なんだあの動きは!?人間か!?」


 キジルが驚愕に目を見開く。その隙を見逃す俺ではない。


「よそ見をしている場合か?」


 俺は瞬時に間合いを詰めた。残像すら残さない、『金神経化』による超加速。


「ッ!?《防壁(ヴェ―ラム)》ッ!!」


 キジルが杖を振るい、とっさに防御魔法を展開する。俺の剣が、見えない壁に弾かれた。反応が速い。やはり、ただの三流魔術師ではないらしい。


「フンッ!武力だけの猿が、魔道の深淵に勝てると思うなよ!」


 キジルが杖を掲げる。彼の背後に、無数の魔法陣が展開された。火、氷、雷。あらゆる属性の攻撃魔法が、雨あられと俺に降り注ぐ。


「死ね死ね死ねぇッ!!」


 爆発。轟音。謁見の間が、極彩色の光と爆風に包まれる。だが、俺は止まらない。『閉鎖循環クローズド・サーキット』を発動し、魔力で肉体強度を底上げする。直撃コースの魔法だけを剣で切り払い、爆風の中を突っ切る。


「なッ……!?魔法を斬っただと!?」


「遅いんだよ、展開が」


 俺は炎の中から飛び出し、キジルの目の前に迫った。このまま首を刎ねる――そう思った瞬間だった。


「ひひっ、かかったな」


 キジルがニヤリと笑った。彼は杖を振るわず、ただ指を鳴らしただけだ。

 パチン。


 その乾いた音が、トリガーだった。


(……なんだ?)


 違和感。


 先ほど、俺はキジルの防御障壁を剣で斬り裂き、その中を突っ切って肉薄した。だが、あの障壁はただの防御ではなかったのだ。


「気づいたか?あの障壁は、幻妖魔法《幻影ファントマ》が練り込まれていたのだ!!貴様は勝利を確信して踏み込んだ時、すでに私の魔法を全身に浴びていたのだよ!!」


「き、さま……ッ!?」


 警戒はしていた。だが、俺は自分の圧倒的な力を過信するあまり完全に油断してしまった。


 時間差で襲ってくる酩酊感。視界が歪んだ。キジルの姿がブレて、二重、三重に見える。吸い込んだ毒が、血管を駆け巡り、脳髄を直接焼き焦がしていく。


「あが……ッ!?」


 平衡感覚が失われ、地面が泥沼のように沈み込む錯覚に襲われる。

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