第23話 「んぐっ、ごっくん。……ぷはー」
王都まであと一日。
俺たちは、街道沿いで最も大きな宿場町『ルルア』に立ち寄った。
夕暮れ時の町は、旅人や商人たちでごった返している。
「へぇ、ボロい国だけど、ご飯の匂いだけは悪くないね」
ネオンが鼻をひくつかせ、一番賑わっている大衆食堂の扉を開いた。
俺とサメトナも後に続く。
ガヤガヤと騒がしかった店内が、俺たちが足を踏み入れた瞬間、静まり返った。
注目の的は、二人の女だ。
褐色の肌に引き締まった肢体を持つ、野性的な美女ネオン。
この世のものとは思えない銀髪と白磁の肌を持つ、浮世離れした美女サメトナ。
この薄汚れた宿場町には不釣り合いな「二輪の花」に、男たちの視線が釘付けになる。
そして、その間に挟まれた、白い不気味な仮面をつけた男――俺。
完全に「怪しい奴」だが、今の俺には顔を隠す方が重要だった。
「おい、あの仮面……何者だ?」
「美女二人を連れて……金持ちの道楽か?」
ヒソヒソという声を無視し、俺たちは奥のテーブル席に陣取った。
「注文いい?――ここのメニュー、端から端まで全部」
ネオンが店員に告げる。
店員が目を丸くする中、サメトナも追加した。
「ワタシもお肉!骨付きのやつ、山盛りで!」
数分後。
テーブルの上には、山のような料理が積み上げられた。
「いっただっきまーす!」
ネオンとサメトナが、猛烈な勢いで食らいつく。
ネオンはまだ上品だが、サメトナは凄まじかった。
骨付き肉を骨ごとバリバリと噛み砕き、スープを飲み干し、パンを丸呑みする。
その咀嚼音は、食事というより「捕食」に近い。
「うわ……キミ、よくそんな食べ方できるね」
さすがのネオンも、サメトナの暴食ぶりには若干引いているようだった。
彼女は陶器のマグに入ったエールを一気に干すと、酔いが回ったのか、とろんとした目で俺を見てきた。
「ねぇロッシ。キミも飲みなよ」
「俺はいい」
「つまんないのー。……じゃあさ、私の昔話でも聞いてよ」
ネオンは頬杖をつき、空になったマグを指で弾いた。
「ボクね、これでも元は『帝国』の人間なんだよ」
「帝国?……東の大国か」
「そ。そこの暗殺部隊『百影』。……物心ついた時から、人殺しの道具として育てられたの」
彼女の瞳が、過去の戦場を映すように遠くを見る。
「ある時、南下してきたリザードマンとの戦争に駆り出されてさ。敵の総大将の首を取れって命令されたんだけど……失敗しちゃった。逆にボクが殺されかけて、半死半生で海に流されたんだ」
彼女は自分の脇腹にある、大きな傷跡を服の上から撫でた。
「気づいたら、あの島にいた。……身体はボロボロ。使い物にならないゴミ。補完院のビスマスって駄犬が、ボクをそのまま『廃棄処分』にしようとしたんだよ」
「……あいつならやりかねん」
「でもね、拾ってくれたんだ。……所長が」
ネオンの声色が、熱を帯びたものに変わる。
「あの方は、ボロ雑巾だったボクを見て『美しい闘争本能だ』って笑った。ビスマスを『私の拾い物にケチをつけるな』って叱り飛ばして……ボクに新しい命をくれた」
それが、『金神経化』と『魔族の心臓』の手術。
彼女は俺よりも先に、魔人として新生していたのだ。
「だからね、ボクにとって所長は神様なんだ。信仰に近いかな。あの方のためなら、ボクはいつでも死ねる」
ネオンはうっとりとした表情で語る。
だが次の瞬間、彼女はテーブルの下で足を伸ばし、俺の足に絡めてきた。
「でも、ロッシ。キミは違う」
「……何がだ」
「キミにはね、ボクと同じ匂いがする。暗くて、ドロドロしてて……世界への憎悪が渦巻いてる。その『狂気』がさ……ゾクゾクするんだよね」
彼女の潤んだ瞳が、仮面の奥の俺を射抜く。
「所長は『崇拝』だけど、キミは『嗜虐』と『被虐』の対象かな。……ねぇ、ボクを壊してくれそうなその狂気が、たまらなく好きなんだ」
酒のせいか、それとも本音か。
ネオンの言葉には、粘りつくような色気があった。
俺は息を呑んだ。
魔族の心臓が、彼女の殺意混じりの好意に反応して鼓動を早める。
だが、俺には――
俺はチラリと隣を見た。
サメトナは、まだ肉を骨ごとバリボリと食べている。
「んぐっ、ごっくん。……ぷはー」
サメトナがようやく顔を上げ、口の周りをナプキンで拭った。
そして、真顔で言い放った。
「じゃあ、ロッシと繁殖すれば?」
「「ブーーッ!!!」」
俺とネオンは、同時に飲み物を吹き出した。
「ゲホッ、ゲホッ!……お、お前……!」
「ちょ、キミねぇ!直接的な表現使いすぎて雰囲気台無しなんだけど!?」
ネオンが顔を真っ赤にして抗議する。
しかしサメトナは「?」と首をかしげるだけだ。
「好きなら子孫を残すのが当たり前だろー」
「人間にはムードってものがあるの!……はぁ、これだから野生児は。キミはどうなのさ?その変な常識、どこで育ったの?」
ネオンが呆れながら尋ねる。
俺も気になっていたことだ。彼女の出自。あの島に来る前、彼女は何だったのか。
サメトナは天井を見上げ、ぽつりと答えた。
「んー。ワタシか。……ワタシは、あの方……《イル様》の僕だからなー」
「イル様?」
俺とネオンは顔を見合わせた。
「誰だ、それは」
「いや……ボクも知らない。帝国の情報網にもそんな名前はなかったよ」
ネオンが眉をひそめる。
サメトナは、遠い記憶を手繰り寄せるように、夢見るような目で語り出した。
「イル様はねー……ワタシたちの母で、光で、闇で、蒼なんだ。……すべてを包んで、すべてを終わらせるのー」
その言葉には、不思議な重みがあった。
ただの狂人の戯言ではない。彼女の根幹にある、絶対的な存在への帰依。
「ネオンが所長に感じる気持ちと同じかもー。……絶対で、大好きで、見守ってくれる」
サメトナはニッコリと笑い、そして俺の方を見た。
「だから、ワタシもロッシとは繁殖したい気持ちあるなー」
「「ブーーーーッ!!!」」
二度目の噴射。
俺はむせ返り、ネオンはテーブルを叩いて爆笑した。
「あはハハハ!結局そこ!?キミ、最高だよサメトナ!」
「うっ、うるさい! 声がデカい!」
俺は慌てて二人の口を塞ごうとしたが、時すでに遅し。 店中の客が、呆気にとられた顔でこちらを見ている。物騒な単語が飛び交う美女と仮面の男のテーブル。 これ以上ここにいたら、兵士を呼ばれかねない。
「……出るぞ」
俺はテーブルに金貨を叩きつけると、二人を引きずるようにして店を出た。 まったく、この女たちときたら、俺の胃袋と精神を同時に破壊する気か。
■ ■ ■
「むにゃ……もう食べられないよぉ……」
宿の部屋に着くや否や、ネオンはベッドにダイブし、そのまま寝息をたて始めた。 戦場での警戒心はどこへ行ったのか。それとも、俺がいるから安心しきっているのか。無防備な寝顔は、ただの幼い少女のようにも見える。
一方、サメトナは。
「ベッド、柔らかすぎるー。落ち着かない」
彼女はそう言うと、ベッドには目もくれず、板張りの硬い床にゴロリと横になった。 何故かはわからないが、彼女にとって、「硬さ」こそが安らぎらしい。 彼女は冷たい床で身を丸め、すぐに寝息を立て始めた。
部屋には、静寂だけが残された。
俺は窓際の椅子に腰掛け、月明かりに照らされた街道を見下ろした。 この道の先、わずか一日の距離に、俺の生まれ育った場所――王都がある。
(……イル様、か)
先ほどのサメトナの言葉を反芻する。 『母で、光で、闇で、蒼』。 具体性はまるでないが、彼女が語るその存在からは、人間ごときが触れてはならない、圧倒的な「神性」のようなものを感じた。 ネオンにとってのエイニヒツ。 サメトナにとってのイル。 彼女たちは、それぞれが崇める存在を胸に抱いている。
「……なら、俺にとっての神は何だ?」
俺には、縋るべき神などいない。 いるのは、この胸に埋め込まれた魔族の心臓と、背中を預けられる二人の狂った仲間だけ。
「……上等だ」
俺は仮面を外し、窓ガラスに映る自分の顔――かつて英雄と呼ばれ、今は復讐者となった男の顔を睨みつけた。
「崇める対象がいないなら、俺がなってやる」
すべてを壊し、すべてを終わらせる。 そのために、俺は地獄の底から這い上がってきたのだから。
「待ってろ。……キジル、ベルドール」
俺は短く呟き、仮面を再び装着した。 夜が明ければ、そこは敵地。 かつての栄光の地であり、腐敗した処刑場。
スクーティア王国、王都。 復讐の幕が、いよいよ上がる。




