第21話 「……絶対人間じゃないよね。あの子」
「なんか、いっぱいいるー」
馬車の窓から顔を出したサメトナが、のんびりとした声を上げた。
目の前には、スクーティア王国へと続く国境の関所。
幾重にも張り巡らされたバリケード。逆茂木。そして、蟻の這い出る隙間もないほどに配置された完全武装の兵士たち。
「……警戒が厳しいな」
俺は舌打ちした。ベルドールに脅しをかけたことで、臆病な宮廷魔術師キジルが過剰反応したのだろう。
「あはっ……♡ やっと殺れる。ずーっと我慢してたんだよねぇ」
隣でネオンが舌なめずりをする。瞳孔が開き、殺意のオーラが隠しきれずに馬車内を満たしていく。
「やめろ。騒ぎを起こすな」
「離してよロッシ。もう耐えられないんだけど。……邪魔するなら、君殺すよ?」
ネオンがギロリと俺を睨む。重度の戦闘中毒者の禁断症状だ。
「……言うことを聞け。クラド所長に言いつけるぞ」
「うぅ……分かった。分かったよぉ……」
ネオンが渋々引き下がる。
さて、どうするか。
俺が思案していると、サメトナがふらりと馬車を降りた。
「じゃあ、ワタシが『通して』ってお願いしてくるー」
「おい、待てサメトナ!」
止める間もなく、彼女はトテトテと無防備に関所へ歩いていってしまった。
■ ■ ■
「おい、なんだあの女?」
「すげぇ美人だぞ……迷い込んだのか?」
最前線で警戒していた兵士たちの目が、サメトナの姿に釘付けになった。
浮世離れした銀髪。透き通るような白磁の肌。そして、男を狂わせる甘い体臭。
極度の緊張状態にあった兵士たちの理性が、その異質な美貌によってあっけなく決壊した。
「へへっ、おい姉ちゃん。ここは通行止めだぜ?」
数人の兵士が、下卑た笑いを浮かべてサメトナを取り囲む。
「どうしても通りたいならさぁ……通行料を払ってもらわないとなァ!」
一人の兵士が、サメトナの細い腕を掴み、もう片方の手でその胸元へ手を伸ばした。
あからさまな陵辱の意思。
「んー? やだなー、離してよー」
サメトナは嫌がる素振りを見せたが、抵抗はしなかった。
ただ、と息を吹き付けただけだ。
「ふぅぅ⋯」
その吐息が、兵士の顔にかかる。
「あん? なんだ甘い匂いが――ガッ!?」
兵士の言葉が止まった。
吹き付けられた顔から、サメトナを掴んでいた腕から、急速に白く変色していく。
兵士の皮膚が、肉が、骨が、真珠のような光沢を放つ硬質な物質へと置換された。
パリパリパリ……ッ!
兵士は間抜けな表情を浮かべたまま、全身が美しい「真珠の彫像」へと変わり果てたのだ。
「ひッ……!?」
「な、なんだ今の!?」
サメトナを囲んでいた兵士たちが後ずさる。
彼女は周囲の兵士たちに向けて、ふぅーっと長く息を吹きかけた。
キラキラと輝く粒子の霧が、風に乗って彼らを包み込む。
「う、うわあぁぁぁ!! 身体がッ!?」
「助け……固ま…るぅぅッ!!」
バリバリバリ!
悲鳴と共に、数人の兵士が次々と彫像化していく。
剣を抜こうとした者は柄ごと手が固まり、逃げようとした者は足が地面と一体化して真珠のオブジェと化した。
「ば、化け物だァァァッ!!」
「逃げろォォォッ!!」
生き残った兵士たちは、武器を投げ捨てて蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
戦意は喪失し、未知の「捕食者」に対する根源的な恐怖だけがそこにあった。
■ ■ ■
関所の前には、誰もいなくなった。
残ったのは、閉ざされた巨大な鉄の門だけ。
「んー」
サメトナは門の前に立つと、その分厚い鉄板に両手を当てた。
ジュワァァァ……。
鉄が白く濁り、真珠質へと侵食されていく。
剛性を誇る鋼鉄が、脆く、儚い塊へと変質する。
「えい」
彼女が軽く、トンと押した。
ズシャァァァァァンッ!!!
美しい破壊音が響き渡った。
巨大な城門が、まるで薄氷か砂糖菓子のように粉々に砕け散り、虹色の破片となって降り注ぐ。
呆然と立ち尽くす兵士たちの前で、サメトナはキラキラと輝く残骸を踏みしめ、振り返ってニコリと笑った。
「道、塞いじゃだめだよー」
■ ■ ■
「……絶対人間じゃないよね。あの子」
馬車の御者席で、一部始終を見ていたネオンが顔を引きつらせている。
「ああ。……同感だ」
俺は手綱を握り、馬車を進めた。
サメトナが手を振って待っている。
足元には、かつて兵士だった美しい彫像の残骸と、粉々になった門。
彼女は悪意を持って殺したわけではない。
「触られたから固めた」「邪魔だから壊した」。
ただ、それだけなのだ。
「お待たせー。通れるよー」
サメトナが馬車に飛び乗ってくる。
俺たちは、真珠の粉を巻き上げながら、機能不全に陥った関所を悠然と通過した。
背後には、二度と動かぬ兵士たちの彫像と、恐怖に震えるスクーティア兵たちの視線だけが残された。




