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第19話 「えー、ナニこれぇ。ボロくない?」

 早朝の港に、一隻の船が停泊していた。


 それは、以前ベルドールたちが乗ってきた軍艦のような威容もなければ、所長クラドが持つ特殊兵器のような禍々しさもない。


 塗装の剥げかけた、ありふれた中型商船だ。

 マストには、どこの国にも所属しないことを示す簡素な旗が力なく垂れ下がっている。


「えー、ナニこれぇ。ボロくない?」


 タラップを上がったネオンが、腐りかけた手すりをコンコンと叩き、不満げに頬を膨らませた。

「せっかくのお出かけなのにー。もっとこう、黒塗りでトゲトゲしたカッコいい船がよかったなぁ」


「やれやれ⋯」


 俺は荷物を積み込みながら、呆れた。


「目立つ帆船で乗り込んでどうする。それに……スクーティアは内陸国だ。仰々しい軍艦など必要ない」


 この船は、かつて島に漂着した密輸船を修理したものだった。


「ちぇー。地味だなぁ。……ま、中身が楽しければいっか」


 ネオンはすぐに機嫌を直し、マストにするすると登り始めた。


「久しぶりのお出かけ、楽しみぃ。これもロッシの頭のネジが飛んでたお陰かなっ!」


 マストの上から、彼女の狂気じみた笑い声が降ってくる。

 殺戮を待ちきれない子供のような無邪気さ。

 俺は小さく溜息をついた。


「……いいか、ネオン。港に着いても勝手に動くなよ。殺すのはベルドールとキジル。この二人だけだ」


「あはは。どうしようかな♪」


「……」


 やはり、首輪をつけておくべきだったかもしれない。

 ヤバいヤツを連れてきたという後悔が頭をよぎるが、今は彼女の戦闘力が必要だ。


「おおー。海の上を進んでる」


 そんな俺のピリピリした神経などつゆ知らず、隣ではサメトナが甲板の縁に座り込み、足をブラブラさせていた。

 手には、どこから持ってきたのか干し肉を握りしめている。


「サメトナ、落ちるなよ」


「平気だよー。……ねぇロッシ、あっちに行くと何があるの?」


 彼女が指差した先。

 水平線の向こうには、まだ見えぬ大陸がある。


「……俺の故郷だ」


 俺は短く答えた。

 かつて愛し、守り、そして俺を絶望の淵へと突き落とした場所。


「ふーん。ロッシのお家かぁ」


 サメトナは呑気に干し肉をかじり、伸びをした。

 この緊張感のなさ。

 だが、その異質な存在感だけが、今の俺には唯一の救いでもあった。

 俺は船首に立ち、遠く霞む水平線を睨みつけた。

 潮風が頬を打つ。

 目立つ必要はない。

 派手な宣戦布告も要らない。

 俺はかつて、あの国を守る「盾」だった。

 だからこそ知っている。あの国の防衛網の穴も、警備の手薄な港も、貴族たちが油

断する夜の静けさも。


「……待っていろ」


 俺は手すりを強く握りしめた。ミシミシと、乾いた木材が悲鳴を上げる。

 俺は勇者を辞めた。

 今、俺は――闇に紛れ、音もなく忍び寄り、眠る者の首を狩る「暗殺者」として帰還する。


「出航だ。……静かに、確実に、地獄を届けに行くぞ」


 俺の合図と共に、ボロ船が軋んだ音を立てて岸を離れた。

 見た目は頼りない商船。

 だがその喫水線の下には、国一つを滅ぼしかねない深い闇を湛えて、船はゆっくりと海へと滑り出した。


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