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第17話 「殺してやろう。価値の分からぬ凡愚を」

挿絵(By みてみん) 島の幹部たち

 ベルドールが逃げ帰ってから数日後。

 予想通り、スクーティア王国から、抗議の書簡が届けられた。


 所長室には、重苦しい空気が漂っていた。

 補完院長のビスマスと、薬魔院長のタンタルが、苦虫を噛み潰したような顔で書簡を睨んでいる。


「……『貴国の管理不届きにより、我が国の騎士団長が暴行を受けた。直ちに当該の犯罪者ロッシを処刑し、その首を差し出されたし。さもなくば、今後の取引を全て停止する』……だと」


 ビスマスが書簡を読み上げ、苛立たしげに机を叩いた。


「困るな。スクーティアは『ラクリマ』の上客だ。資金源を絶たれるのは研究に響く」 


 タンタルは青白く光る瞳を明滅させる。


「左様。あの時、儂はお前は落第させておくべきじゃったかの……」


 幹部たちの視線が、部屋の隅に控えていた俺に突き刺さる。

 俺は無言で立ち尽くしていた。

 彼らの言い分はもっともだ。組織の利益を考えれば、暴走した部下一人を切り捨てて手打ちにするのが定石だろう。

 かつての王国が、俺を切り捨てたように。


 だが。

 この部屋の主、エイニヒツだけは違った。


「ク……ククッ……アハハハハハ!!」


 突然の哄笑。

 所長、エイニヒツ・クラドは腹を抱えて笑い出した。


「面白い。実に滑稽だ。……人間風情が、この私に命令するとはな」


「し、所長?」


「聞こえなかったか?『私の最高傑作ロッシ』を壊せと言っているのだぞ、あの猿どもは」


 エイニヒツは笑い涙を拭い、冷めきった瞳で書簡を見下ろした。

 そこには、組織の利益を憂う経営者の顔ではなく、お気に入りの玩具を馬鹿にされた子供のような、純粋で残酷な怒りがあった。


「彼が適合した『魔族の心臓』と『金神経』の価値は、あの小国の国家予算を全て積んでも釣り合わない。それを、たかが騎士団長一匹の面子のために殺せだと?……不敬にも程がある」


 エイニヒツの指先から黒い炎が立ち上がり、書簡を一瞬で灰に変えた。


「そうだな。殺そう。殺してやろう。価値の分からぬ凡愚を」


 彼のその不敵な言葉を聞いた瞬間、俺の胸の奥で、奇妙な感情が湧き上がった。

 それは、かつて故郷に対して抱いていた忠誠心とは似て非なる、歪んだ「恩義」だった。


 この男は狂っている。

 俺を人間扱いせず、実験材料としか見ていない。


 だが、あの国王やキジルたちよりも、遥かに俺という存在の「価値」を認めている。

「傑作」と呼び、守ろうとしている。

 皮肉な話だ。正義を掲げる人間たちよりも、この狂気の男の方が、よほど主として信頼に足るとは。


(……なら俺は、この狂気に殉じてやるのも悪くない)


 俺は一歩前へ出た。

 仮面を外し、黄金の瞳でエイニヒツを見据える。


「所長。……俺に行かせてくれ」


「ほう?」


「船を一隻、貸してほしい。俺の国へ戻る」


 ビスマスが色めき立った。


「何を言う!まさか逃げるつもりか!」


「違う。……『刈り取り』に行くんだ」


 俺は獰猛に笑った。


「喧嘩を売ってきたのは向こうだ。なら、その代償を払わせる。……必ず戻ってくる。この心臓の借りを返しにな」


 俺の言葉に、エイニヒツは口元を三日月のように吊り上げた。

 彼は俺の瞳の奥にある、ドス黒い復讐心と、歪な忠誠心を見透かし、満足げに頷いた。


「よいだろう。見せつけてこい。ロッシ」


 彼は、何より俺という自分の作品の出来を誇示したいのだろう。


「ただし、手ぶらでは困る。……そうだな、ちょうど『検体』が欲しかったところだ。死んでいても構わん」


「承知した」


「して、どれくらいの戦力が必要だ?一個小隊か?一個中隊か?」


「いいや、数は要らない」


 俺は即答した。

 雑兵を連れて行っても、宮廷魔術師キジルの魔法の的にされるだけだ。必要なのは、少数精鋭による、確実な暗殺。


「俺の標的は、騎士団長ベルドールと、全ての元凶である宮廷魔導師キジル。……敵の中枢を叩き潰す『斬首作戦』で行きたい。俺の速度について来れる、最強の駒を貸してくれ」


 俺の要求に、エイニヒツは楽しげに指を鳴らした。


「ならば、彼女たちを連れて行け」


 影から、二人の人影が現れた。


「やった!ついに外でお散歩できるんだね♪」


「……?お船に乗るのか?」


 ネオンと、サメトナだ。


「ネオンは常に殺戮衝動に飢えている。……サメトナに関しては、まあ、君の『お守り』だ」


 特務部最強の「死神」ネオン。


 そして、未知の「特級」サメトナ。


 サメトナに関してはずっと近くにいても謎が多すぎるが、ネオンの実力は俺を超えている。制御不能なのが心配ではあるが、戦力としては申し分ない。


「感謝する」


 俺は深々と頭を下げた。

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