第14話 「チッ、これだから未開の地は」
あの日から、数ヶ月が過ぎた。
俺の身体に埋め込まれた『魔族の心臓』は、完全に馴染んでいた。
ドクン、ドクンという重い鼓動は、もはや俺の生命のリズムそのものとなり、無限に湧き上がる魔力が、俺を『人』とは違う次元の生物へと押し上げている。
特務部隊長としての地位も固まった。
かつて俺を恐れていた部下たちも、今では俺の命令一つで死地へ飛び込む命知らずな集団へと変わり果てていた。
ネオンも相変わらず「遊び」に来るし、サメトナも相変わらず能天気だ。
そんなある日のことだ。
「……船か」
俺は港を見下ろす高台で、霧の中から現れた一隻の帆船を睨みつけていた。
地図にないこの島には、定期的に外部からの船がやってくる。
これまでは、南方の権威主義国家『ザーラム共和国』の貿易船が主だった。奴らは島の「金神経化適合者」や「ラクリマ」を買い付け、黄金や香辛料を置いていく。
だが、今日の船は違う。
マストに翻る旗。
青地に、銀色の盾の紋章。
「……スクーティア王国」
俺の故郷。
レクイウム連合王国の端に存在し、大国の盾として使い潰される小国。
そして、俺が守り、俺を裏切った国。
「何故だ?何故この島に、俺の国の船が?」
■ ■ ■
俺は懐から、先ほど部下に盗ませた『入港許可証』を取り出した。
そこに記された来訪者の名前を見て、俺の思考は一瞬で氷点下まで冷え込んだ。
『スクーティア王国・魔導騎士団長ベルドール』
ベルドール。
忘れるはずもない。
かつて、平民上がりの俺を「薄汚い野良犬」と侮蔑し、厄介払いするために北伐隊へ推薦した男だ。
俺を死地へ追いやった張本人の一人が、のこのこと俺の縄張りへやってくる。
「ハッ……傑作だな」
許可証の備考欄には、来訪の目的が記されていた。
『目的1:生態兵器「金神経化」適合兵士の購入』
『目的2:幻覚剤「ラクリマ」の定期購入』
『特記事項:宮廷魔導師キジル様より、クラド所長への親展あり』
なるほど。読めてきた。
俺が率いた北伐隊が壊滅し、さらに俺という「勇者」を生贄にして追放したことで、国の防衛力がガタ落ちしたのだろう。
慌てて戦力を補充しようにも、まともな兵は育たない。
だから、金で解決しようとしたわけだ。
この島で作られた、使い捨ての強化兵士と――国民の不安を麻痺させるための強力な麻薬で。
「腐りきっているな」
俺を捨てておいて、今度は俺のような「化け物」を金で買いに来る。
その神経が、浅ましくも滑稽で、殺意を通り越して笑いがこみ上げてくる。
「ロッシ、どうしたのー?お腹痛いのー?」
隣で木の実をかじっていたサメトナが、俺の震える肩を見て不思議そうに尋ねてきた。
「いや……嬉しいんだよ、サメトナ」
俺は懐から、一枚の仮面を取り出した。
白い陶器のような質感で、目元だけが露出する不気味なデザイン。特務部指揮官としての正装だ。
「懐かしい『友人』が、俺に会いに来てくれたからな」
俺は仮面を装着した。
その下で、唇が三日月のように吊り上がる。
待っていろ、ベルドール。
かつてお前が見下した「野良犬」が、どれほどの牙を研いできたか……たっぷりと教えてやる。
■ ■ ■
港の桟橋に、タラップが降ろされる。
霧の中から現れたのは、磨き上げられたミスリルの鎧に身を包んだ、恰幅の良い男だった。
ベルドールだ。
最後に見た時よりも腹が出ている。平和な都で、さぞ甘い汁を吸ってきたのだろう。
「フン……相変わらず湿気の多い、陰気な島だ」
ベルドールはハンカチで鼻を覆い、露骨に嫌悪感を露わにしながら降り立った。
その背後には、護衛の騎士たちが数名続いている。
俺は波止場の中央で、直立不動で彼らを待ち構えていた。
背後には、完全武装した特務部の精鋭たち。
そして、俺の隣には、興味津々な様子のサメトナが着いてきた。
「出迎えご苦労。……貴様がここの責任者か?」
ベルドールが俺を見下ろす。
仮面をつけた俺の正体に、気づく様子は微塵もない。
当然だ。彼の中で俺は、とっくに北の海で魚の餌になっているはずなのだから。
「ようこそ、地獄の……いや、楽園へ」
俺は仮面の奥で目を細め、慇懃無礼に一礼した。
「特務部指揮官の……『モルン6-14』と申します」
俺が名乗ったのは、この島に来た時に付与された番号。『市民』以下の存在は皆、名前が取り上げられ、この番号で呼び合っている。
「ふん、奴隷風情が偉そうに。所長への案内を頼むぞ。……あと、その薄汚い仮面はどうにかならんのか?不愉快だ」
ベルドールが杖で俺の肩を小突く。
その瞬間、俺の背後の特務部員たちが一斉に殺気を放ち、武器に手をかけた。
特務部隊員たちが殺気立ち、ベルドールの首筋をロックオンする。
「やめろ」
俺は片手を挙げて部下たちを制した。
「失礼しました、団長殿。……この仮面は、酷い火傷を隠すためのものでして。お見苦しいですが、ご容赦を」
「チッ、これだから未開の地は……。さっさと案内しろ!」
ベルドールが俺を押しのけ、歩き出す。
俺はその背中を見つめ、声に出さずに笑った。
(いいぞ、その調子だ)
もっと吠えろ。もっと驕れ。
その優越感が絶望に変わる瞬間こそが、俺にとって最高の復讐のスパイスになるのだから。
「ご案内します。……どうぞ、こちらへ」
俺は道化のように道を譲った。




