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第13話 「ボクね、強いオスには興味あるんだ」

 ……。


 …………。


 熱い。いや、冷たいのか?

 感覚が曖昧だ。

 手術は終わったのか。成功したのか、それとも失敗して死んだのか。

 深い闇の底で、俺の意識だけがゆらゆらと浮上しかけていた。

 まだ目を開けることはできない。指一本動かせない。

 だが、強化された聴覚だけが、水底から漏れ聞こえる音のように、現実世界の会話を拾っていた。


 「ねぇ、返して」


 サメトナだ。


 だが、いつもの能天気で間延びした声ではない。

 温度のない、氷のように鋭利な響き。

 彼女は怒っている。


 「何のことだ」


 答えるのは、クラド。

 余裕を湛えた、支配者の声。


 「ワタシの落とし物。……オマエが持ってるの、何となく分かるんだぞ」


 落とし物?

 その言葉に、泥沼のような意識の底で、記憶の欠片がふわりと浮き上がった。


 ――あの日。

 絶海の海上で、彼女と初めて出会った時。

 全裸の彼女は、俺のボロ布を纏いながら、開口一番に何かを尋ねてきたはずだ。


 『ワタシの……知らない?』


 何だ? 彼女は何を探していた?

 駄目だ、思い出せない。意識が混濁して、重要な単語が雑音に埋もれている。

 だが、一つだけ確かなことがある。

 彼女はこの島に漂着したんじゃない。何かを探して、自ら……?


 「ほう……。それが貴様がこの島に上陸した理由か」


 「……」


 沈黙。


 張り詰めた空気が、閉じた瞼の裏側まで伝わってくる。

 俺の知らないところで、二人の間で何かが交錯している。


 「既にアレの調査は終えている。……返しても良いのだが……一つ条件がある」


 衣擦れの音。エイニヒツが近づいた気配。


 「……」


 「その身体を……私の検体として捧げるなら、な」


 検体。

 サメトナを。


 やめろ。ふざけるな。

 俺は叫ぼうとした。動かない体を無理やり動かして、彼女の前に立とうとした。

 だが、埋め込まれたばかりの新しい心臓が、ドクンと大きく脈打ち、強制的に俺の意識を遮断した。


 (サメトナ……)


 思考が、闇に溶ける。

 最後に聞こえたのは、彼女の小さく息を呑む気配だけだった。

 ――意識が、途絶えた。


 ■ ■ ■


 目が覚めた時、俺は自分がまだ生きていたことに驚いた。

 そして次に、自分の身体が以前とは決定的に違うことに気づいた。


 ドクン。ドクン。


 胸の奥で、重く、力強い音が響いている。

 それは人間の心音ではない。まるで地底のマグマが脈打つような、重低音の振動。


 所長、クラドに埋め込まれた『魔族の心臓』だ。

 意識を向けるだけで、血液の代わりに濃厚な魔力が全身へ送り出されるのが分かる。


 無限のスタミナ。枯れることのない魔力の泉。

 俺は拳を握りしめ、その圧倒的な出力に身震いした。


 ただ、意識を失う前。誰かの会話を聞いていたような気がしたが、思い出せなかった。


 ■ ■ ■


 数日後、俺は特務部の兵舎に戻った。


 サメトナの姿はない。彼女はまだ「検査」だと言われて別の場所にいるらしい。

 俺が部屋に入ると、それまで馬鹿話をしていた同部屋の兵士たちが、凍りついたように口をつぐんだ。


「……よお」


 俺は努めて普段通りに声をかけた。

 だが、誰も目を合わせようとしない。

 以前の「畏怖」とは違う。これは、生物としての「拒絶」に近い恐怖だ。


「あ、ああ……お勤め、ご苦労さん……」


 かつて俺に絡んできたリーダー格の男が、引きつった笑みを浮かべて後ずさる。

 彼には聞こえているのだろう。

 俺の胸から響く、ドクン、ドクンという異形の鼓動が。

 そして、皮膚の下から漏れ出る、人間のものではない魔力のプレッシャーが。


(……そうか)


 俺は自分のベッドに荷物を置いた。

 以前は、こいつらを見返すことに快感を覚えた。

 だが今は、ただ深い溝を感じるだけだ。

 俺はもう、彼らと同じ「人間」の枠にはいない。

 孤独。

 だが、不思議と寂しさはなかった。力を求めた代償として、俺はそれを受け入れていた。


「退屈そうだね♪ロッシ」


 窓枠に、影が落ちた。

 俺が振り返るより早く、その気配は部屋の中央に移動していた。


「ネオン」


 彼女は窓から侵入し、俺のベッドの柵に器用に座り込んでいた。

 その瞳が、獲物を見つけた肉食獣のように細められる。


「すごいね、キミ。匂いが変わった。……前は『平凡』だったけど、今は『ワクワク』の匂いがする」


「褒め言葉として受け取っておく」


「あはは。ねぇ、試させてよ。その新しいオモチャ(心臓)」


 ネオンの姿が掻き消えた。

 兵舎の中でやる気か?

 俺は瞬時に反応した。


「――表へ出ろ」


 ■ ■ ■


 夜の練兵場。

 月明かりの下、二つの影が激突する。


「――『金神経・掌握』ッ!!」


 俺は躊躇なく最大出力を解放した。

 心臓が咆哮を上げる。

 以前なら数分で脳が焼き切れた出力だ。だが今は、魔族の心臓が冷却水のように魔力を循環させ、神経の負荷を相殺していく。


 痛くない。苦しくない。

 無限に加速できる!


「オラァッ!!」


 俺の拳が空を切り裂き、衝撃波を生む。

 だが、ネオンはそれを紙一重で躱し、笑いながらカウンターを放ってくる。


「イイね!速い!重い!でも――」


 ガガガガガッ!!

 超高速の打撃戦。

 0.01秒の攻防。

 俺の攻撃は確かにネオンを捉えかけている。


 だが、当たらない。

 彼女は俺の動きを「見て」避けているのではない。野生の勘と、天性の戦闘センスで、俺の殺気を先読みしているのだ。


(くっ……まだ届かないのか!)


 体の構造では並んだはずだ。

 だが、技量が、狂気が、戦闘への愛が、彼女の方が一枚上手だ。

 彼女は楽しんでいる。俺は必死だ。その差が、僅かな被弾の差となって現れる。


 ドゴッ!


 ネオンの回し蹴りが俺のガードを弾き、脇腹に直撃した。

 俺は地面を削りながら後退する。

 すぐに体勢を立て直すが、ネオンは追撃してこなかった。


「……ふぅ。満足」


 彼女は汗ひとつかいていない顔で、満足げに息を吐いた。


「やるじゃん♪ボクの全力マジにここまでついてきたのは、ボス以外じゃキミが初めてだよ」


 ネオンが歩み寄ってくる。

 その瞳には、今まで見たことのない熱っぽい光が宿っていた。


「ボクね、強いオスには興味あるんだ。……基本はボス一筋なんだけどさ♪」


 彼女は俺の胸に手を当て、ドクドクと脈打つ心臓の鼓動を掌で感じ取った。


「キミには、少し惹かれるかな。……ねぇ、今度ボクの部屋来る?」


 頬を染め、上目遣いで囁く。

 それは彼女なりの求愛か、それとも「所有物」へのマーキングなのか。


 特務部最強の死神からの誘い。

 断れば殺されるかもしれない。だが、俺は――


「ロッシー!帰ってたのー?」


 その時、間の抜けた声が緊張を裂いた。

 練兵場の入り口に、サメトナが立っていた。

 手にはどこかで拾ってきたのか、謎の木の実を持って齧っている。


「サメトナ……」


「あ、ネオンもいるー。取り込み中?」


 何処でそんな言葉覚えたのか。意味深すぎて突っ込むに突っ込めない。

 ネオンが不機嫌そうに眉をひそめ、俺から離れた。


「はぁ……君、空気読めないなー。ま、いいや。続きはまた今度ね♪ロッシ」

 ネオンはサメトナを一瞥すると、興味なさげに闇夜へと消えていった。


 残された俺の元へ、サメトナがトテトテと歩いてくる。

 俺は身構えた。

 同部屋の連中は、俺の変貌を恐れて逃げ出した。

 彼女はどうだ?

 俺の胸には魔族の心臓があり、全身から人外の気配を撒き散らしている。

 彼女も、俺を拒絶するのか?


「……サメトナ。俺の身体、どう思う」


 俺は恐る恐る尋ねた。

 サメトナは俺の胸のあたりをジッと見つめ、そして――


「んー?なんか、前より音が大きくなった?」


「それだけか?」


「あと、なんか強そう。……うん、カッコいいんじゃない?」


 彼女はニカっと笑い、俺の胸をバンバンと叩いた。

 恐怖も、嫌悪もない。

 まるで新しい服を買った友人を褒めるような、あまりに軽い反応。


「……お前なぁ」


 俺は力が抜け、その場にへたり込みそうになった。

 だが、胸の奥で燻っていた孤独感が、彼女の笑顔で氷解していくのが分かった。

 周りがどれだけ俺を化け物扱いしようと、この女だけは変わらない。

 俺が人間だろうが魔人だろうが、サメトナにとっては「ロッシ」でしかないのだ。


「帰ろー、ロッシ。お腹減った」


「……ああ。帰ろう」


 俺は彼女の背中を追いかけた。

 魔神の心臓が刻む鼓動は、戦いの時よりも少しだけ穏やかに響いていた。

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