表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/48

第10話 「……雑な作りだ」

 翌朝、俺たち特務部に下された任務は、島の西区画にある「資源管理区域」の警備および害獣駆除だった。


「資源管理区域」。


 聞こえはいいが、要するに人間牧場だ。


 ここには「資源リソース」判定を受けた者たちが収容されている。彼らは思考能力を奪う薬を投与され、ただ生かされ、太らされ、そして必要に応じて実験素材や――あるいは上位魔物の「餌」として出荷される。


 この島がいかに狂っているか、改めて思い知らされる光景だった。

 虚ろな目をした人間たちが、家畜小屋のような柵の中で泥にまみれて座り込んでいる。


「……趣味の悪い場所だ」


 俺は支給された安物のロングソードの柄を握りしめ、吐き捨てるように呟いた。

 隣では、サメトナが珍しく静かだ。彼女の感性でも、ここの異様さは感じるらしい。


 いや、「なんか臭いなー」と鼻をつまんでいるだけか。この女の神経図太さは、ある意味で最強の才能かもしれない。


「おい、新入り!油断するなよ!」


 小隊長が怒鳴る。

 今回のターゲットは、この牧場を荒らしている「害獣」。

 開発院から脱走した『廃棄実験体キメラ』だ。


「グルルルルゥ……」


 不意に、森の奥から地響きのような唸り声が聞こえた。

 鳥たちが一斉に飛び立つ。

 風に乗って漂ってくるのは、腐肉と薬品が混ざった強烈な悪臭。


「来るぞ!構えろォ!!」


 兵士たちが槍や剣を構える。

 その緊張が頂点に達した瞬間――闇が弾けた。


「ギシャアアアアアアッ!!!」


 森の木々を薙ぎ倒し、巨大な影が躍り出た。

 全長3メートルはあろうかという巨体。

 ベースは熊だろうか。だが、その背中からは蜘蛛のような鋭利な節足が4本生え、尻尾は巨大なサソリのものに置換されている。

 皮膚は爛れ、至る所から別の生物の筋肉が露出している、ツギハギだらけの悪夢。


「う、嘘だろ……でかすぎる!」


「ひいぃッ!」


 恐怖で足がすくむ兵士たち。

 キメラはその隙を見逃さない。

 圧倒的な質量を乗せた突進。


 ドォォォォォン!!


「ギャアアアッ!?」


 先頭にいた兵士二人が、紙屑のように吹き飛ばされた。

 一人は即死。もう一人は、キメラの蜘蛛足に胴体を貫かれ、空中で絶命する。


「撃て!魔法部隊、何をしている!!」


 後衛の魔術師たちが火球を放つが、キメラの分厚い脂肪と筋肉に阻まれ、表面を焦がす程度しか効かない。

 逆に痛みが怪物を狂暴化させた。


「シャアアアッ!!」


 サソリの尾が鞭のようにしなり、魔術師の首を刈り取る。

 鮮血の雨。

 阿鼻叫喚の地獄絵図。

 通常の特務部員では、文字通り手も足も出ない。個々の能力差以前に、生物としての格が違いすぎる。


「ひ、ひぃ……助け……」


 腰を抜かした兵士に、キメラの巨大な前足が振り上げられる。

 爪の一本一本が、ダガーよりも鋭く長い。

 振り下ろされれば、挽肉になるのは確実だ。


(……やれやれ)


 俺は小さく息を吐き、一歩前へ出た。

 懐の『青の鎮静剤』の効果時間は十分。

 意識を切り替える。

 心臓を回せ!感覚よ走れ!全ての細胞を連動させろ!


 バチチッ。


 首筋から頬にかけて、皮膚の下を走る『金色の紋様』が発光する。


「――『金神経・掌握ドミネート・ネルヴァ』」


 カッ!


 世界の色が反転し、そして静止した。0.01秒の世界へ突入する。


 兵士の絶叫も、飛び散る血飛沫も、風に揺れる木々の葉も。

 すべてが粘性の高い液体の中に沈んだように、極限まで遅延して見える。

 俺の視界には、キメラが振り上げた腕が、止まって見えていた。


 ただ遅く見えるだけではない。

 クロムが言っていた『魔力視』の応用か、それとも脳の処理能力が向上した結果か。

 俺の目には、キメラの身体構造スペックが透けて見えていた。


(……雑な作りだ)


 筋肉繊維の走行、骨格の継ぎ目、魔力の流れる導線。

 それらが青白いラインとして視覚化される。

 右前足の筋肉が収縮し、力が爪先に伝達されている。

 左脇腹にある、移植手術の縫合跡。そこだけ装甲が薄い。

 そして、胸の奥でドス黒く脈打つコア


(あそこか)


 すべてを把握するのに、コンマ数秒もかからない。

 俺は地を蹴った。


 ザッ!


 俺の姿が掻き消える。

 キメラの爪が、俺の残像を引き裂く。

 その爪先と俺の鼻先との距離、わずか数ミリ。

 だが、この世界において数ミリとは、対岸ほどの安全圏だ。


「――――」


 俺はキメラの懐に潜り込みながら、安物のロングソードを抜いた。

 名剣ではない。強引に振れば折れる。魔力を込めすぎれば砕ける。

 だが、北伐隊長として培った剣技スキルがある。

 刃の角度を調整。

 敵の硬い筋肉の隙間、縫合跡の柔らかい肉へ、切っ先を滑り込ませる。


(一太刀)


 ズパッ。


 すれ違いざま、脇腹を切り裂く。

 キメラが反応するより速く、俺は身体を回転させ、遠心力を乗せて二撃目を放つ。


(二太刀)


 露出した腱を断裂させる。

 巨体がバランスを崩し、大きく傾ぐ。


(そして――)


 俺は跳躍した。

 極限遅延の世界で、キメラが驚愕に見開いた瞳と目が合う。

 俺の金色の瞳が、死を宣告する。

 ロングソードに、極限まで圧縮した魔力を纏わせる。

 狙うは胸部。肋骨の隙間。核の一点。


「――『穿うがち』」


 ズドンッ!!


 落雷のような刺突。

 剣身が吸い込まれるようにキメラの胸を貫き、背中へと突き抜けた。

 脈打つ核を貫いた感触が、掌に伝わる。

 俺はキメラの肩を蹴り、音もなく着地した。

 同時に、「金神経・掌握ドミネート・ネルヴァ」を解除する。

 世界が通常の速度を取り戻す。


 ドサッ……。


 一拍遅れて、キメラの巨体が崩れ落ちた。

 血飛沫が遅れて噴き出し、俺の背後を赤く染める。


「……ふぅ」


 俺は血糊を払い、剣を鞘に納めた。

 刀身にはヒビが入っていた。やはり、この出力には耐えきれないか。


 静寂。


 さっきまで悲鳴を上げていた兵士たちが、口を半開きにして呆然としている。

 何が起きたのか、誰も理解できていない。

 彼らの目には、俺が一瞬で消え、次の瞬間には怪物が倒れていたようにしか見えなかったはずだ。


「あ……あ……」


 腰を抜かしていた兵士が、震える指で俺を指差す。


「い、一撃……?あの化け物を……?」


「ロッシ……お前、本当に……」


 畏怖。驚愕。そして、絶対的な強者への羨望。

 視線が痛いほど突き刺さる。

 かつて「勇者」と呼ばれていた頃とは違う。これは、異質な「化け物」を見る目だ。


「……おぉー!ロッシ、今のナニ!?」


 唯一、サメトナだけが目をキラキラさせて駆け寄ってきた。


「ドーン!ズバッ!って。かっこいい!」


「……はしゃぐな。危なかったんだぞ」


 俺は彼女の頭を軽く小突いた。

 まったく、この女だけには……。何も通じないらしい。

 だが、その変わらない呑気さに、俺の中で高ぶっていた神経が少しだけクールダウンした。


「おい、死体処理班を呼べ!怪我人を運べ!」


 俺は呆けている小隊長に代わり、周囲に指示を飛ばした。

 兵士たちが「ハ、ハイッ!」と直立不動で応え、慌てて動き出す。

 俺は倒れ伏したキメラを見下ろした。


 これが「失敗作」か。

 なら、完成化された生命体はどれほどの強さなのか。

 そして、あのネオンや、ビスマスは――。


(……まだまだだ)


 俺は握りしめた拳に力を込めた。

 この程度では足りない。

 あの0.01秒の世界をもっと深く、もっと長く支配しなければ、彼らの高みに到達できない。

 俺の瞳の奥で、金色の残り火が揺らめいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ