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「そうと決まったらあなたの家に行って、結婚すると宣言してこよう。叔父上は在宅かな?」
「いますが……」
「せっかく花嫁になるんだ。着飾って愛らしくなろうか。君は、磨けばますます輝くタイプだな」
そう言うと、日向様はわたしの手を握ったまま、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。
(あの……手、つないだままなのですが……)
片手だけ彼の指と絡み合っている。慣れないのに、不思議と嫌じゃなかった。
そんなわたしを視界に入れず、彼はどこかに電話した。
「お世話になります。ええ、お久しぶりです。今日は近くまで来ていましてそちらにお伺いしたいのです」
ふっと日向様がわたしを見て、艶やかに笑った。
「俺の婚約者を連れていきます。美しく仕上げていただけますか」
「こっ……!」
(人前で言わなくてもいいのではないでしょうかっ!)
日向様は余裕な笑みを口元に称えたまま、通話を終える。わたしの指を繋いだまま、小首をかしげる。
「さて、初音。行こうか」
「あ、えっと」
「知り合いがいるんだ。そこへ」
そう言うと、日向様はわたしの手を握り直した。
「恋人らしく腕でも組むか?」
「えっ」
「くくっ。その反応、嫌ではないみたいだな」
くすくすと笑われて、顔が火照った。さらりと流れるように日向様はわたしの手を引き、自分の腕に絡ませる。彼に近づくと、深みのあるセクシーな香りがした。
(……本当に恋人みたい)
日向様と腕を組んだまま、事務所を出た。わたしたちを見た伊藤さんは驚き、丸椅子から転げ落ちそうになった。
「ひ、日向様。お嬢様をどうするおつもりで?」
「彼女を保護し、連れて帰ります」
「へっ」
「初音さんのたおやかさに惹かれてしまって」
くすりと喉の奥で日向様が笑うと、伊藤さんはぽかんとした。わたしは小声で伊藤さんに言う。
「青葉を立て直すために日向様に協力するの。心配しないで」
「彼女の情報には価値があります。だから、俺が守ります」
「それなら……」
伊藤さんはわたしを見てから、日向様に頭を下げた。
「先代が大事に大事にされていたお嬢様です。どうか、この禿げ頭に免じて、宜しくお願いします」
「……伊藤さん」
「お嬢様、あなたはずいぶん苦労なさった。幸せになっていいんですよ」
目を潤ませながら言われて、わたしも涙ぐんだ。
「伊藤さん、いろいろとありがとう……」
わたしは伊藤さんに頭を下げ、スマートフォンを返す。
「ああ、そうだ。もし何か役に立てることがあれば、すぐに連絡をください。私だって元青葉の人間ですから」
そう言って伊藤さんは、わたしに携帯番号を教えてくれた。
「お嬢様、お達者で」
「……伊藤さんも」
伊藤さんに頭を下げ、日向様と伊藤電機を出た。
日向様は駐車場にレンタカーを止めていて、わたしに助手席に乗るように言った。わたしが座ると、彼は運転席に回った。向かった先は商業施設が多い駅前だ。やがて、日向様はビルの地下駐車場に車を止めた。
「日向家が管理しているビルだ」
「お、大きいですね……」
ヘアカット、エステ、ブティックなど、一棟まるごと美を追求する会員制の複合施設だそう。
「時間をかけて、磨いておいで」
日向様に言われ、彼とはロビーで別れた。
それからが、大変だった。
美しい女性たちに囲まれ、わたしはあれよあれよという間に磨き上げられていった。
エステでは全身をゆっくりともみほぐされ、気持ちよかった。
身に着けていた下着は「違うものを試しませんか?」と言われ、体にフィットするものを用意してくれた。
歪に切られた髪を見ても美容師さんはにこりと笑い「長い髪をカットしませんか?」と提案してくれる。
(お母さんが亡くなってから伸ばしっぱなしだったから、切ろうかな)
「お願いします」と答え、ミディアムショートにしてもらった。うなじが見えるほど切られると、今までの未練とか、哀しみまでもなくなっていくようだ。
こてを当てられ、黒い髪が軽やかに踊る。鏡の中の自分は自分じゃないみたいに華やかだった。
「短い髪、お似合いですよ」
美容師さんに言われ、胸が弾んだ。
「素敵にしてくださって、ありがとうございます」
「うふふ♡ まだまだ、これからですよ♡」
わたしがきょとんとしていると、次はメイクをしてもらった。
その後、「こちらにお着替えください」と用意されたのは、上質なウールのニットワンピースだった。深い緑色で、肌に触れるところはシルクでできていた。
(着心地がいい……)
外は寒いのでアイボリーのコートを羽織り、靴は足にぴったりの五センチヒールを履いた。仕上げに金木犀の香りを首筋にまとう。
「素敵ですよ」
そう綺麗な女性に言われて、わたしは自分の姿が信じられなかった。
鏡の中の私は、みじめではなく、華やかで上品。まるで魔法のドレスを着たシンデレラだ。
「これがわたし……」
「はい。おきれいになりましたね。さあ、日向様が待っていらっしゃいますよ」
そう促され、ドキドキしながら彼の元へ行く。
(どう見られるだろう……)
高鳴る心音のまま、彼に会うと、彼は目を見張ってわたしを見た。薄く口を開いて、無言の時間が続く。
(もしかして、似合わなかった⁉)
あまりに沈黙が長くて、わたしは小声で尋ねた。
「あの……ご期待に答えられなかったでしょうか……」
そわそわしながら前に組んだ指をいじっていると、彼はとろけるように微笑んだ。
「想像を超えた」
(え……)
「よく似合っている。綺麗だ」
その笑みに胸の奥が、ほっと緩んだ。
「こんなに良くしていただいて、ありがとう存じます」
「気にするな。俺が好きでやっていることだ」
日向様は満足そうにわたしを眺め、恭しく腰を曲げてわたしに手を差し伸べた。
「我が姫、敵城へ乗り込みに行きましょう。私が全身全霊で守って差し上げます」
その古めかしい言葉に、どきっとした。
(まるで景虎みたいな言い方……)
そんなはずはないのに、彼の真摯な瞳を見ていると、冗談にも聞こえない。
わたしは雅姫になりきって、声を出した。
「あなたと一緒にいれば、怖いことはございません。連れていって」
そう言うと日向様が小さく息を呑む。でもすぐに余裕のある笑みに代わり、わたしの腰を抱いてエスコートした。




