10 これからも続く話
――お昼のニュースです。
昨日、自称、黒川ホールディングス代表取締役、黒川宗一郎(51)が、監禁罪、及び強制わいせつ未遂罪で逮捕されました。
警察からの情報によりますと、黒川氏は被害にあった女性の親族に誘拐をそそのかし、女性に接触したと見られています。黒川氏から逃げ出した女性の供述をもとに事件が明るみになり――。
テレビから流れていたニュースが、ぷつりと切れた。ふと横を見ると、忍さんが顔をしかめてリモコンを操作していた。
(わたしに聞かせたくなかったのかな?)
黙々と朝食を食べる忍さんを見て、わたしもそのニュースのことは、胸の奥にしまうことにした。
弁護士を通じて黒川を起訴し、彼は逮捕された。弁護士先生の話では余罪が出てきそうで、実刑は免れられないだろうという話だった。
叔父と叔母も誘拐幇助の罪で逮捕された。世の中ではすっかり事件が明るみになっていて、叔父と叔母はSNSでは姪を虐げ、あまつさえ誘拐して差し出した極悪人とまで言われているそうだ。
「SNSもニュースも見なくていい」
そう忍さんには言われている。正義感に燃えた人は、何をするか分からない怖さがあるからだそう。だから、わたしも見ていない。
自分では大丈夫だと思っていたけれど、実際は相当怖かったらしく、わたしは寝つきが悪くなってしまった。暗闇も怖い。
忍さんの勧めで病院に通って、少しずつ体調を取り戻している。
カナちゃんは夜もそばに居てくれて、その明るさに救われていた。
忍さんは過保護がさらに加速してしまって、わたしよりもわたしを心配している。別々に寝ていたけど、同じベッドで並んで寝るようになった。
そうすると忍さんも安心した顔をするし、わたしも安心する。
だけど、一晩中、がっちり抱きしめられているから、朝、起きて抜け出すのが、なかなか大変だった。
忍さんとカナちゃんが関わったことは、どういうわけか表には出なかった。わたしがひとりで逃げてきたというストーリーになっていた。その方が、世間的にはいいそうだ。
「真実をすべて明かせばいいという話でもないしな」
そう忍さんは言うけど、わたしが助かったのは忍さんとカナちゃんのおかげだ。それに若林さんも色々と手を回してくれているそう。あまり話してくれないが、雰囲気と目の下のくまの濃さで察せられた。
弁護士の先生もわたしを気にしてくれて、伊藤さんからは「お嬢様! 大丈夫ですか⁉」と心配の電話までいただいた。
世に広まらないことかもしれないけど、わたしだけは、わたしを助けてくれた人がたくさんいることを覚えていこう。
わたしは記憶力がいいから、忘れずに生きていける。
そう思うと、自分の記憶力が、誇らしくなった。
叔父の後見人も解除され、わたしは晴れて両親を亡くした青葉初音に戻った。叔父家族は家から追い出され、忍さんの提案で、別荘として維持することになった。わたしは叔父から受け取った慰謝料を、家の修繕に使いたいと言った。
「ああ、いいな。荒らされたところを綺麗にしてから、帰りたいときに帰ればいい。あそこは初音の家なんだからな」
そんな彼の言葉に、心から感謝したものだ。
伊藤さんを筆頭に青葉信用組合の立て直しも始まっている。忍さんは向こうに行ったり、帰ってきたりして忙しい日々だ。
わたしは彼のいない日々の中で、通信制の大学講座を受けている。
「大学に行きたかったんですけど、結局、行かなかったんです」
苦笑いしながら告白すると、忍さんは「なぜ、早く言わなかったんだ……」となぜかショックを受けた顔をした。
「家にいて料理するだけでは物足りなかったんじゃないか?」
不安そうに呟く忍さんにわたしはゆるく首を横に振る。
「いいえ。忍さんに料理を作っている時間が幸せでした。今日は何を作ろうかなってレシピもたくさん覚えましたし」
ふふっと笑うと、忍さんはやっと安心したように微笑む。
「そうか。でも、大学なら通信講座っていうのもある。まだ外が騒がしいから、大学に行けばいいとは言えないが……初音が学びたいなら応援する」
「忍さん、ありがとうございます」
というわけで、わたしは興味のある講座を受けることになった。試験もあるからなかなか大変だ。それでも新しいことを学べるのは楽しい。いつか、忍さんの役に立てるかもしれないし。
日々は穏やかに流れ、新緑が芽吹き、葉をつけ、実を結ぶように。
またひとつ、彼と季節をめぐったころ、わたしは忍さんのご両親に挨拶をした。
忍さんのお母様は忍さんに似て快活な方で、堂々とした美しい女性だった。
わたしは身内が犯罪者になっているし、反対されてもしかたないと思う。
とても緊張したけれど、お母様は全面的にわたしを受け入れてくださった。
「もう、忍にこんな素敵なお嬢さんが見つかるなんてね。この子、一生独身を貫くと思っていたのよ。ふふっ、安心したわ。ね、あなた」
「ああ、よい人を見つけたな、忍」
ころころと笑うお母様と、神妙な顔をするお父様だった。
忍さんは苦笑いをこぼしつつ、ふたりから海外の話を聞いていた。すぐに仕事の話になるのが、忍さん親子なのだろう。
それから、忍さんはわたしの両親にも挨拶してくれた。
「六年、顔を見せなくてごめんなさい……」
苔むしてしまった両親の墓を忍さんと一緒に掃除して、両手を合わせた。
――安心してね。お父さん、お母さん。
わたし、ちゃんと、幸せよ。
今度は虚勢なんかじゃない。心からそう思える今に、目を細めた。
そして、春が来た。
満開の桜がはらはらと舞う神社で、わたしは白無垢を着て、赤い絨毯が敷かれた廊下を歩く。先導してくれるのは、忍さんのお母様だ。
廊下に座り、両手をついて座礼してから、襖を開く。待っていたのは羽織はかまを着た愛しい人。
「本日から、日向家に嫁ぎます。初音でございます。旦那様、お母様、お父様。どうか末永く宜しゅうお願い申し上げます」
深く頭を下げ、わたしはゆっくりと腰を持ち上げた。そして旦那様となった人の隣に座る。
旦那様がこそっとわたしに聞こえるようにささやいた。
「美しすぎて誰にも見せたくないくらいだな」
そんな熱のこもった目する旦那様をうっとりと見つめる。
「旦那様、ありがとう存じます」
幸せそうに笑った旦那様に微笑み返す。
そして宴が始まる。
若林さん、カナちゃん。そして、わたしの結婚の証人となってくれた伊藤さんもいらっしゃる。
わたしたちの門出を祝う人々が集まってくださった。
その人々の笑顔を深く記憶しておく。
生涯忘れぬよう、しっかり目に焼き付けよう。
愛する人と共に歩めること。
季節を廻り、寄り添えること。
それこそが、わたしの幸福だ。




