8 認める者と認められない者
初音には任せてくれと大見えきった伊藤だったが、実際、青葉信用組合は火の車だった。
一番、致命的だったのは地方支援金の私的な使い込みだ。
それをした役員が解雇され、彼らは取り調べを受けてはいるが、青葉信用組合を使っていた中小企業の経営者たち、地元の者は不信感を募らせていた。
連日、顧客から問い合わせの電話が鳴り響いている。
しかし窓口の者たちは、いったいどうなっているのか知らされていない。
あいまいな返事しかできずに、窓口の者たちは疲弊していた。
それに加えて伊藤の頭痛の種は、週刊誌の記者たちだ。
彼らは初音のことを面白おかしく書きたてようとしていて、しつこく伊藤を待ち伏せして、取材しようとしていた。
「伊藤さん、あなたが青葉初音さんと会っていたって教えてくれた人がいるんですよ。青葉初音さんってどこにいるんですか? あなたなら知っているでしょう」
もちろん、伊藤は教えなかった。
「青葉初音さんの叔父が不正をしていたんですよね? 当事者の彼女はこのことを知っていたんですか? 教えてくださいよお、伊藤さん」
へらへら笑いながら尋ねてくる記者を前に、伊藤は心底うんざりした。
(お嬢様がここにいなくてよかった……)
忍が匿ってくれていることも、伊藤にとっては安心材料だった。そうでなければ、初音を自分のように嗅ぎまわっていただろう。
(ふん、ハイエナのような奴らにお嬢様を脅かされてたまるか。あの人はずっとずっと苦労してたんだ……)
伊藤は初音に対して親身に相談を受けていたが、それ以上、できることは何もなかった。日に日にやつれ、かつての溌剌とした笑顔を失う初音を見ても、伊藤は何もできなかったのだ。それは、自分には何もできないという諦めが、あまりにも強かったからだ。
だから彼女が平穏なのは、無力な自分を救うことと思っていた。
伊藤は忙しい中を駆けずり回っていたが、現場の不満は大きく統制は取れていなかった。そんな中、若い社員がとうとう不満を爆発させた。伊藤は給湯室で、たまたまそれを聞いてしまった。
「ねえ、聞いた? 今の不正をリークした人って、会長の姪らしいわよ?」
「はあ? なんで姪がリークすんだよ」
「それがねえ。お金をもらうために情報を渡したんだって」
「金のためか。さすが、あの会長の姪だな。けっ、そのせいで俺たちはひどい目にあってるってのにさ。馬鹿らしいな!」
どこをどう間違えたのか、初音のことを誤解する噂が広まっていた。
(なんだ、それは!)
伊藤は給湯室に乗り込み、若い社員たちにこんこんと問い詰めた。突然現れた伊藤に若い社員たちはおっかなびっくりになりながらも、みんなそう言っていると口をそろえて言った。それを伊藤は誤解だと説明したが、男性社員は威勢よく伊藤に言ってきた。
「お金の為じゃないって言っても、その姪のせいで、こんなことになってんっすよね? 自分だけ逃げて、俺たちに全部押し付けるなんて酷いじゃないですか!」
その言葉に頭痛を感じながらも、伊藤はこんこんと説いた。
「きっかけは確かに先代のお嬢様だ。しかしだな。彼女はあの会長に無給で働かされていたんだ」
「え……」
「彼女はその間にもきっちりとデータを整理し、今回のことが明るみになるまで耐えていたんだよ」
伊藤は初音の必死な姿を脳裏に焼き付けながら、思った。
(お嬢様は……お嬢様だけは、私たちが諦めたことを諦めなかった)
青葉信用組合を元に戻そうとしていたのだろう。
自分は、その気持ちに報いたい。
だから伊藤は彼らに問いかけた。
「君たちは五年間、無給で同じことができるかい?」
若い社員たちは押し黙った。できないと思ったのか目を逸らしている。
「解雇された会長はひどかった。しかし、みんな、逆らえなくて縮こまっていたな。私も同じだ。だが、彼女だけは違ったんだ」
伊藤は微笑しながら、首を緩く降る。
「彼女は誠実であろうとした人だ。そんな風に言うものではないよ」
うつむく若い社員たちに、伊藤は深々と頭を下げた。
「君たちに不満を持たせているのは、私のミスだ。話すなら、私に話してほしい」
そう言うと、男性社員が顔をしかめて伊藤に尋ねる。
「……なんでそこまでできるんっすか。伊藤さんだって後始末をさせられている側じゃないですか……」
そんなことを言ってくれる男性社員に、伊藤は目を細めた。
「彼女の父、先代はね。そういう方だったからだよ」
先代は亡くなった。それでも、自分たちは生きている。
伊藤は若い社員たちの肩をぽんと叩いた。
「大変な思いをさせていると思う。いつもありがとう」
その言葉を聞いて、若い社員はすっかり大人しくなった。伊藤の言葉が響いたのだろう。その後は不満をたまに言うだけで、仕事をしていた。
その後、忍が組織の改編を手伝ったこともあって、徐々に青葉信用組合は、落ち着いていくのだった。
一方、初音の叔父、青葉正光を利用していた黒川は、忍によって苦渋をなめさせられていた。
「己、日向の小僧が!」
黒川は日向コーポレーションのアプリにアクセスし、個人情報を盗もうと前々から画策していた。そんなことをする理由はただ一つ、金になるからだ。
日向コーポレーションは大量の顧客を抱えている。その情報はお宝である。しかし、忍が先頭をきって構築したセキュリティ網は突破しづらく、黒川は苦戦していた。資金も足りない。そこで、正光と強引な取引をし、架空口座にお金を流し込むという犯罪をさせていたわけである。
その資金源も絶たれ、アプリを攻撃していたコードも跳ね返されている。もはや、打つ手なし。黒川は忍に敗北していたのだ。
「このまま引き下がれるか……儂は奪うよりも、奪われるのは好かん」
息巻いた黒川が目をつけたのは、行き場を失ったものたちだ。
そう。そうなることを見越して、準備もしてきた。そして、その者たちは黒川には絶対に、逆らえない。
「のお、おまえたち。儂の頼み、聞いてくれるよな?」
震えあがるふたりに向けて、黒川は告げる。
「家を失くしたおまえたちをこうして匿ってやっているやろ? ああ? なら、できるよな?」




