5-4
ホテルから出た後、わたしたちは赤レンガ倉庫に向かった。古い洋風の建物の中は人がたくさんいて、様々な色を出した店舗があった。並んで
(おせち料理みたいに、いろいろなものが並んでる……)
人の量と空気に圧倒されていると、忍さんがわたしの手を握った。
「イベントで、人が多いな。はぐれないように」
そう真摯な声で言われて、こくんと頷いた。それから流れるままにお店を回り、とある一軒で足が止まった。そこは和柄の傘が広げて壁にかけてあり、和の美しさが目にも鮮やかった。
「忍さん、あのお店、見てもいいですか?」
「ああ、もちろん」
彼と一緒に足を踏み入れると、そこは別世界だった。
黒い猫の扇子。硝子細工が目を楽しませるかんざしがある。流水を閉じ込めたようなガラス細工を指でつまみ、思わずため息がこぼれた。
「この箸置き、素敵ですね」
「なら、買おうか」
忍さんが籠を手に取って、箸置きを見る。
「ひとつ、ひとつ形が違うんだな。どれがいい?」
「えっと……これと、これが……」
「おそろいだな」
涼やかに言われて、新婚っぽいと思ってしまった。
それから店を回り、会計のときに違和感を覚える。
(あれ……? 値段が高いような……?)
箸置きふたつ分にしては、金額が高い。彼の背中が大きすぎてレジ台を見られないが、他にも何か買ったのだろうか。
「初音、待たせた。外に出よう」
「はい、忍さん」
外に出ると寒さで一瞬、身が縮んだ。それでも光のシャワーが横浜のビルを包んでいて、虹の世界に迷い込んだみたいだ。いつまでもここにいたくなる。
「夜の横浜ってきれいですね」
「ああ、冬は特に幻想的だな」
「わたし、こんなにイルミネーションを見たのはじめです」
「そうか。なら、次に行くところは腰を抜かすな」
くすくすと笑いだした忍さんに首をひねった。彼は子供のような無邪気な笑みを向けながら、わたしの手を握る。
「大さん橋に行こう」
そう言って、彼は歩き出した。
横浜の玄関口。大型船が寄港する大さん橋は、陸から突き出した形をしていると彼が教えてくれた。なだらかなウッドデッキを登っていって、驚いた。
(地面に花火が上がった⁉)
踏んではいけないと思わず足を上げて、忍さんの腕にしがみつく。七色の花火が地面で上がったと思ったら、次は雷撃のような光に全身が包まれる。まるで自分がイルミネーションの光になってしまったかのよう。
「あ、えっ! なんですか、これ……!」
「プロジェクションマッピングだな。時間が合えばサプライズが出てくる」
そう言って忍さんは腕時計を見た。
「わー!」
「きゃあ!」
「あはは!」
「パパ! 早く早く来て!」
わたしたちの横をダウンジャケットを着た子供たちが駆けてゆく。今日ぐらいは夜に遊んでもいいでしょ、と弾ける笑みを見て、わたしもワクワクしてきた。
「すごいですね。こんなのはじめてです」
興奮して言うと、忍さんは口の端を持ち上げた。
「まだまだ。そろそろ来るぞ」
その言葉に、期待が高まる。まるで彼が魔法を使ったかのように、光が消える。真っ暗になってしまい、わたしは息を呑んで彼を見つめていた。
「あ! クジラだ!」
「きゃあああっ!」
子どものはしゃぐ声がした。振り返ると、青く光るクジラが地面を泳いでいる。ゆったりと尾を揺らしながら、わたしに向かってくる。音も、感触もない。本当に魔法のようにわたしの足元を泳いでいく。
それがあまりに感動的でわたしは言葉を失ってしまった。
するりと抜けるようにクジラが去っていき、子供たちがその背中を追いかけていく。呆然と彼らの背中を見ていると、ふと首元に彼の手が回された。
――リン。
どこかで鈴がなったように感じて、驚いて胸元をみるとペンダントが下がっていた。青く星のかたちをした花がふたつ。雨粒が揺れるような小さな鈴が添えられたトップだ。
(これって……)
ぱっと振り返ると、忍さんが穏やかな目でわたしを見下ろしていた。
「キキョウの花だそうだ。今日の装いに似合うと思ってな」
彼はそう言って、わたしの胸元の花に視線を落とす。
「いいな。似合ってる」
うっとりと幸せそうに言われて、胸の奥がじいんと熱くなった。
「……さっきのお店で買ったんですか?」
「ああ。この店のなら、初音が気に入りそうと思った」
(こんなことをされたら、ますます好きになってしまう……)
そう思った瞬間、わたしはふと自分の中の雅姫が喜んでいる気がした。
まるで魔除けの鈴を貰ったときみたいに。
彼の笑みの中に、景虎を探している。
(ああ、そっか……)
彼女の気配を感じても、わたしは穏やかな気持ちだった。
雅姫が好きなのは景虎だ。その思いを否定することはない。
彼女が景虎を追い求めているのは、愛していたからだ。それはわたしが一番よく知っている。
(雅姫は景虎が好き。わたしはわたしで、忍さんが好き……それでいいじゃない)
きっかけは景虎だった。無意識のうちに彼の中に景虎を見ていた気もする。
でも、忍さんは景虎ではない。
そう自然に思うと、自分の中の雅姫がころころ笑った気がした。
――それでいいのよ。
そう、雅姫の涼やかな声が胸の奥で響く。
「忍さん、ありがとうございます。大切にします」
思いを込めて言うと、彼はわたしに極上の笑顔を向ける。
「ああ」
短くそう言うと、彼の指がわたしの首筋に触れた。ゆっくりとチェーンの上を指が流れていき、その繊細な動きにぴくんと反応してしまった。
(いけないっ……)
とっさに口を引き結ぶと、彼はペンダントトップのキキョウに触れる。
「肌身離さず付けてくれ」
耳朶に落とされた声は、しっとりと濡れていて、肌がぞくぞく栗立った。
――リン。
彼がキキョウから手を離すと、小さな鈴の音が聞こえた。その音がどこか懐かしく、夢と現実があいまいになっていった。




