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【完結】前世で死に別れた忍者に、現代で溺愛婚を申し込まれました  作者: りすこ


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5-2

 昼食後、ふと日向様が言い出した。

 

「夜は外に食べに行こうか。横浜に行かないか」

 

 わたしは目をぱちぱちとさせて、横浜の街を想像する。


「観覧車があるところですか?」

「まあ、そうだな。赤レンガ倉庫に行こう。食事をしながら夜景を見ようか」

 

 宝石箱のような夜景を思い浮かべて、胸が弾んだ。


「行きたいです!」

「じゃあ、決まりだ。レストランの予約は取ってある。行こう」

 

 わたしは胸を躍らせて「はい」と返事をした。

 出かける準備をするために、自分の部屋に戻った。

 

「あ、そうだ……あのワンピース」

 

 カナちゃんと一緒に買った紺色のワンピースを着ていこう。このドレスを着たら彼の隣に居ても恥ずかしくないだろうから。

 自分で自分に魔法をかけるようにドレスアップする。化粧はカナちゃんが教えてくれてずいぶんと上達したと思う。

 わたしは、前よりも自分の顔が好きになった。

 

「いいかな?」

 

 全身鏡の前に立って、ポーズをとる。浮かれているな、と感じるけど、顔がにやけてしまう。彼にどう見られるのか、ドキドキしながらわたしは居間に戻った。

 

 居間に行くと、グレーのセーターを着た日向様が待っていた。髪は出勤するときと同じく一分の隙もなく後ろになでつけられ、いつもの姿に安心した。


「お待たせいたしました」


 はにかんで言うと、日向様は鳩が豆鉄砲を食ったように目を見開いて、すぐに近づいてくる。わたしのつま先から頭のてっぺんまでをじっくり眺めてから、感嘆のため息を吐いた。


「今日は一段ときれいだな」


 素直な賛辞が、どうしようもなく心地よかった。


「日向様も、いつもと雰囲気が違いますね」


 見惚れながら言うと、とろけるような眼差しが、ふっと消えた。空気が唐突に変わってしまい、目をぱちくりさせる。


「初音……いい加減、俺を様付けするのはやめろ」

「あ……」

「……遠くなった気がする」


 雨に濡れた子犬のように、弱々しい声だった。常に堂々として、余裕の笑みを口元に称えている彼と雰囲気がまったく違う。


(え……本気ですねているの……?)


「そんなに名前を呼ぶのが嫌か?」


 寂しそうに潤んだ瞳。かすれたような声で言われ、わたしは慌てた。


「い、いえ! 嫌がっているとかではありません。……口がまだ慣れなくて」

「嫌ではないんだな」

「え? ええ……」

「しのぶだ」


 形の良い唇がハッキリと自分の名前を告げた。

 

「今、呼んでみろ」


 真摯な顔で言われ――逃げられる気がしなかった。

 ぱくぱくと口を動かし、わたしは恥ずかしさを堪えて、小声で呼んだ。


「しのぶ……さん」

「なんだ、初音」


 すぐに満足そうな優しい声で返され、口を引き結んだ。

 名前を呼んだだけなのに、彼は幸せそうに笑っている。


 (……こんな顔をされたら、うぬぼれてしまう)


 わたしは彼の特別なんだって。

 それを確かめる勇気がないまま、彼は腕時計を見た。


「そろそろ行くか」

 

 自然にわたしに腰に手を添えて、歩くように促す。その手のかたち、位置は慣れたもので、手放したくなかった。


 

 ***


 

 車で横浜まで行き、駐車場から駅まで歩いた。わたしは駅名に目を丸くする。


 YOKOHAMA AIR CABIN。

 そう書かれてあったからだ。

 丸い球体が、夜空を静かに進んでいる。


「あれは何ですか……?」

「ロープウェイだ。空を飛んでいるみたいだぞ。乗りたいか?」


(夜景を飛ぶの⁉ 乗りたいっ)

  

 こくこくと何度もうなずくと、彼は笑って「乗ろう」と言った。チケットを買い並んでドキドキしながら、その瞬間を待つ。


 静かにゴンドラがやってきて、先に彼が入った。その手を取りながら、中に入ると浮遊感がして、足元がぐらついた。


(ほ、本当に浮いているっ)


 彼と並んで座席に腰を下ろすと、ゆっくりとゴンドラが動き出す。


「わ、わ、わあっ!」


 見えた光景は一生、忘れられないものだった。河川の上をゴンドラが飛び、まるで宇宙に来たみたいだ。七色にきらめく観覧車が遠くに見え、過ぎゆくビルはシャンデリアのように輝いている。

 わたしは思わず彼のコートを掴んで叫んだ。


「飛んでいます! ……きれい」

「ははっ。気に入ったか?」

「はい……夢のようです」


 瞬きをしたらもったいないと思った。素敵な瞬間を、一秒でも長く眺めていたい。ドキドキがずっと続いて、あっという間にゲートの入り口が見える。


「……あ、終わっちゃう……」


 名残惜しくて呟くと、彼がわたしの手をつないだ。


「またくればいい。次は昼間にしようか」


 その笑顔が優しくて、心をとろかせたままわたしは微笑んだ。


「はい。また、一緒に来てください……忍さん」


 自然と名前を呼ぶと、彼は目を一瞬だけ見張り、ぐっと顔を近づけた。ともすればキスされそうな距離まで詰められ、不敵に口元を上げる。


「やっと、呼んだな」


 夜景のきらめきをまとい、その声は深く腹に響いた。

 この空気に酔いしれそうだ。

 見つめ合っていると、小さな音を立ててゴンドラが止まった。

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