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【完結】前世で死に別れた忍者に、現代で溺愛婚を申し込まれました  作者: りすこ


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5-1 鈴を贈られた夜

『姫様、この魔除けの鈴を持っていてください』

『……リンと鳴る音が涼やかね』

『きっと姫様を守ってくれます』

『鳴らしたら、景虎が来てくれるの?』

『え……』

『ふふふ、冗談よ。……大切にするわ』


 夢の余韻が、胸の奥にふわりと残ったまま――わたしは行平鍋(ゆきひらなべ)に水を入れた。

 

 日向家に来て、三か月が経った。

 ここに来てから、雅姫と景虎の穏やかな日常の夢を多く見るようになった。ふたりが幸せな日々を過ごしている夢を見るたびに、わたし自身もこの家を心地よく感じるようになっていた。


 今日、日向様は一日お休みだ。家でゆっくり寛いでもらいたい。意外にもコーヒーよりほうじ茶を好むので、毎朝淹れることにしている。

 るんるんで作っていると、中庭の日本庭園に太陽の光が差し込んできた。静謐な美しさを、台所から眺めるのが好きだった。


 ぼんやり眺めていると、いつの間にか、着物姿の日向様があくびをしながらやってきた。

 寝ぼけた目で、髪の毛には寝ぐせがついている。きっちりした彼がこんなにも無防備な姿でくるのは、朝だけだった。


「おはようございます」

「おはよう、初音。今朝も早いな」

 

 彼はとろんとした目のまま、わたしのそばに寄り、自然と頭を抱き寄せひたいに軽いキスを落とした。不意打ちの挨拶に心臓が跳ねたが、以前のように強く拒むことはできなかった。

 

 口づけをして以来、日向様はこんな調子で、甘い触れ合いが増えた。


(……甘さに慣れてきたかも)

 

 彼はさりげなくわたしの後ろに回り込み、背中から抱きしめながら会話を始めた。

 

「今日はおじやか?」

「昨日は遅かったですし、お疲れだろうと思いまして」

「出汁のいい香りがする。うまそうだな」

「そろそろ出来上がりますから」

 

 声をかけると、日向様は無防備に笑った。


「ああ、いただこう」

 

 そう言ってまたわたしのひたいに唇を寄せ、腕を解いた。

 

(まるで新婚みたい……)

 

 まだ結婚していないのに。

 それどころか、契約の上の関係なのに。

 ずっとここで暮らしていけるのだと錯覚してしまいそうだ。


 わたしは火照った頬を感じながら、火を止め椀におじやを掬った。


 朝食を食べ終えたあと、日向様はしみじみと言った。


「休みってのはいいな。時間を気にせずに、初音といられる」

 

 食後のほうじ茶をすすりながら、彼が笑みを口元にたたえる。わたしもほうじ茶を飲みながら、今日の予定を尋ねる。

 

「一日、ゆっくりなさいますか? お昼の準備はしておりますが」

「そうだな……ああ、俺の秘密基地をまだ見せていなかったな」

 

 にやりと笑った彼に、わたしは首をひねる。


「地下にプライベートジムがあるんだ。最近、体を動かしていないから汗を流したい。一緒にやるか?」

「ご一緒します」

 

 秘密基地。その響きだけで、わくわくする。


「決まりだな。ジャージは持っているか?」

「あ……ないです」

 

 運動着まで揃えていなかった。


「じゃあ、俺のを貸す」

「ありがとう存じます」

 

 ぺこりと頭を下げ、わたしはシャツとスウェットを借りた。

 ところが白いシャツは大きすぎてお尻がすっぽりと隠れてしまう。スウェットのハーフパンツはだぼだぼで、すぐに床へ落ちてきてしまう。

 

(どうしようっ!)

 

 まさか白いシャツ一枚で出るわけにいかない。焦ったわたしは浴衣の紐をスウェットに巻きつけた。だぼっとしている格好になってしまったが、わたしは着替えて彼の前に出た。


「お待たせしました!」

 

 日向様はわたしを見て目を丸くする。やっぱり、ダボダボすぎた?


「サイズが大きくて」

 

 しどろもどろで言い訳すると、彼はじっとわたしを見てボソっとつぶやいた。


「想像以上に可愛すぎるな……」

「え?」

「その格好、他のやつには見せるなよ。襲われる」

「え⁉」

「冗談じゃないからな。初音は無自覚に可愛さをまき散らす」

 

 真剣に言われて、ぽかんとしてしまった。


「まあ、俺しか見ないからいいか。さて、我が秘密基地はこちらです」

 

 そう言って、彼に地下室を案内された。


「わあ……」

 

 プライベートジムは圧巻の広さだった。壁の二面がボルダリングウォールになっていて、それも一部は崖のように天井に向けて傾斜が付いている。床には落ちても安全なようマットが敷かれていた。他にもランニングマシンやダーツの的がある。


「初音はボルダリングをやったことがあるか?」

「いいえ」

「なら、やってみるといい。きっと、楽しい」


 わたしがこくんと頷くと、彼は丁寧に教えてくれる。準備体操をして、わたしはボルダリングに挑んだ。最初に手で突起物を掴み、右足をかける。この時点でもうぐらぐらだった。なんとか左足をかけてみたけれど――。


「っ!」

 

 バランスが取れずに足が滑った。


(――落ちる!)

 

 そう思ったけど、固い体に包み込まれた。はっとして見上げると、彼が受け止めてくれていた。


「大丈夫か?」

「え、ええ……難しいですね」

「最初はな。慣れれば、すぐできる。見てろ」

 

 彼はわたしを後方に下がらせると、器用にボルダリングを上りはじめた。


「ここに足をかけると上りやすい」

 

 丁寧に解説してくれるけど、するすると上っていく姿に見惚れた。彼は天井にある突起を掴み、懸垂をした。


「慣れればここまで登れる」

 

 そう言って、ぱっと手を離してしまった。マットの上に綺麗に着地した姿を見て、夢の出来事が脳裏をよぎる。


 

 ――まあ、景虎! そんなに壁を上れるの? 落ちないの……?

 ――姫様、安心してください。ほら、この通り。

 ――すごいわ! これが忍者の修行の成果なのね!


 夢と現実の境目が、一瞬だけ曖昧になった。

 

「初音?」

 

 日向様に呼ばれ、ハッと意識を戻す。わたしの頬に手を添えて、心配そうに覗き込まれていた。


「びっくりしすぎたか?」

「あ、いえ……あまりに上手だったので」

 

 一瞬、日向様が景虎に見えてしまった――。

 妙な罪悪感を抱きながら、わたしはあいまいに微笑む。


「普段から鍛えているからな。小学生の頃からボルダリングはやっていたんだ」

「まあ、そんなに前から」

「壁を登るのが妙に好きでな」

「かっこいいです」

「惚れ直したか?」

「え、あ、……はい」


 素直に頷くと、また幸せそうに微笑まれた。

 その笑みを見て、胸に罪悪感が広がる。

 わたしが彼に惹かれるのは、雅姫の影響なのだろうか。


 その後、彼と一緒にボルダリングをやって気づけば、お昼の時間が迫っていた。


「あ。そろそろ昼ごはんの準備をしてきます」

「そっか。俺はもう少し動いてる。体がなまってしかたない」

 

 肩を回しながらそう言う彼に笑顔を向け、バランスボールから立ち上がる。


「わかりました」

 

 彼は次にダーツをするようだ。部屋を出る前、集中した横顔が目に入った。狙いを定める姿にドキリとする。


 ダーツが的の中心に刺さり、それを喜ぶわけでもなくまた次の一打を放つ。狙いすました姿が、景虎にますます似ている。

 

 一心に見てしまい、胸の奥で雅姫が笑っているような気がした。

 

(まただ……)

 

 ざわめく胸を抑えて、わたしはキッチンへ向かった。

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