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わたしはカナちゃんと新宿に出かけた。日向様の家は都心にあり、山手線は三分に一度も電車が来ると知って、思わず目を丸くした。
「初音ちゃんの町は電車が来なかったのか?」
「一時間に一本でした」
「マジか……」
「乗り遅れると大変でしたね」
電車内の人の多さに、めまいがした。ひっきりなしに扉が開閉され、人の波が去っては流れ込んでくる。息苦しさを感じながら電車を降りて、駅の広さに迷いそうだった。
「あの、カナちゃん……出口にA1とか、A2とか。なぜ、出口Aがたくさんあるのでしょう?」
「あー、なんでだろ? 迷わなきゃそれでいいって。こっち、こっち」
地下迷宮のような駅を歩いて、階段を上り見えた景色にぽかんとした。山のような巨大なビルが、いくつも聳え立っている。見上げると、自分が小さくなった気がした。
ガラス張りのビルは全体が磨かれた鏡のようで、上半分には澄み切った青空が映し出されていた。それが一棟ではなく、何棟もある。
「駅から山が見えないのですね……」
思わずそんな感想を零すと、カナちゃんがくすくす笑った。
「でっかい街だからなー。なんでもそろうよ。早く、行こう」
カナちゃんに手招きをされて、わたしは歩き出した。しばらく歩いていき、一棟の商業ビルに入る。自動ドアをくぐると、宝石箱のようにきらきらした世界が広がっていた。長いエスカレーターを登りながら、ぽつりとつぶやく。
「絵本の中に飛び込んだみたい……」
「くくっ。初音ちゃんは可愛いこというな。洋服を買いに行こっか」
カナちゃんに勧められるがまま、白い内装がエレガントなショップに入った。
「三国さん、こんにちは」
「あら、若林様。お久しぶりでございます」
ショートヘアでたれ目の美女が出迎えてくれた。
「三国さん、この子に洋服のコーディネートをしてあげてほしいんだ」
「かしこまりました」
三国さんと呼ばれた美女は、ふんわりと笑ってわたしを店内に案内してくれる。
彼女に勧められるままに、次々と洋服を試着した。
白百合のようなフリルがたっぷりついたブラウス。チューリップを逆さにしたような、裾がすぼまったスカート。動きやすいデニムパンツ。着せ替え人形になったみたいに、次から次へと試着していく。
「ヤバ、全部、似合うじゃん。これも買い」
カナちゃんはわたしを見ては目を見張って、どんどん服を買っていく。
「そんなに買ってもいいのでしょうか……」
なにせ値段がすべて二万円以上だ。並ぶゼロの多さに、思わず震えた。
(上限はないと言われたけど……)
気後れしてしまう値段だ。
「いいんだって。初音ちゃんは元がいいんだから、いいもの着た方がいいよ。次、これね」
カナちゃんはもこもこのショートコートを手にして、わたしを試着室に閉じ込めた。
値段は見てはいけない気がする。タグから目をそらし、わたしは恐る恐るふんわりとした白いショートコートに袖を通した。
(あ、……可愛い)
着心地も良く、もこもこしたシルエットに和んだ。
「初音ちゃーん。着たあ?」
「は、はい! 着ました」
試着室のカーテンを引くと、カナちゃんがパッと目を輝かせた。
「いいじゃん! 可愛い! 絶対、買おう!」
カナちゃんの笑顔につられて、わたしもはにかむ。三国さんが藍色のワンピースドレスを持ってきて、わたしに勧めてくれた。
「こちらもお似合いになると思いますよ」
「天の川みたいなデザインで綺麗ですね」
それは夜空に星が瞬いているようなドレスだった。日向様が着ていた浴衣に似た色だ。
「試したいです」
「どうぞ」
ドキドキしながらワンピースドレスに腕を通す。鏡に映った自分は、どこかの令嬢のように清楚に映った。このドレスを着たら、日向様の隣に立ってもおかしくはない。契約とはいえ、彼に恥ずかしい思いをさせるわけにはいかないのだから。
(まるで、魔法ね……)
シンデレラがドレスアップしたみたいだ。タグに書かれている値段を見て、息が詰まりそうだった。
(贅沢してはいけないのだろうけど、これは欲しい……)
彼との思い出に、どうしても買いたくなってしまった。わたしは小さく拳を握って試着室のカーテンを開いた。
「いかがですか?」
「わお! そのドレスが一番、似合っているよ!」
「よくお似合いです」
ふたりに褒められ、自信がむくむく沸き上がった。それも、合計金額を見た瞬間に、一気に吹き飛びそうになったが、カナちゃんとのショッピングは楽しいものだった。
ショッピングを終えた帰り道、カナちゃんが「夕ご飯はどうする?」と尋ねてきた。
「わたしが作ってもいいですか?」
「えっ、いいけど。せっかくだからどこかで食べてもいいんだよ?」
「家事を全くやらないと落ち着かなくて……」
「あー、なんでも食うよ!」
「じゃあ、肉じゃがでも作りましょうか」
「いいね! 賛成!」
カナちゃんが万歳をして喜んでくれて、わたしも笑顔を作る。それからカナちゃんと電車に乗って、日向様の家の近くのスーパーに寄った。
「あ、お米を見てくるの忘れました……」
「あー。冷蔵庫のものも見なかったなー」
「……買ったらご迷惑ですよね……」
「別にいいんじゃない? いつかは消費するんだし」
それもそうか。わたしは二キロのお米と肉じゃがの材料を買った。分からないものは避けて、最小限だけ買いそろえた。
「ずいぶんと大荷物になりましたね……カナちゃん、そんなに持って大丈夫ですか?」
「へーき、へーき。米2キロぐらい軽いよ」
カナちゃんはにっこりと笑って返事してくれる。明るい笑顔を見ていると、わたしも笑ってしまう。
「美味しいものを作りますね」
「おー、期待してる!」
わたしたちは微笑みあって、それぞれの荷物を抱えながら家路についた。




