3-3 舞台裏
俺は若林と助手席に乗り込んだ。
次の会議のことを頭でさっと整理して、その後のスケジュールを思い出す。今日は遅くなる。初音は、寝ているだろうな。
「にやにやしていますね」
物思いに耽っていたら、若林が生暖かい目で俺を見ていた。
「そうか」
「泣きぼくろが笑っています。機嫌、いいですね」
そう言いながらも若林は無表情だ。呆れているのだろう。
「初音が小動物みたいで、放っておけなくてな」
「ずいぶんとご執心ですね。昨日、青葉初音を保護すると連絡を受けたときは、本気で人攫いでもしたのかと思いましたよ」
「合意上だ」
「青葉さんもまんざらじゃないみたいですし。良かったんじゃないですか。俺は寝不足ですけどね」
「いろいろと手続きしてくれたんだな。おかげでスムーズに初音を迎え入れられた」
「まさか、本気で前世の姫だとか言い出しませんよね?」
「あ?」
若林は眼鏡を押し上げながら、探るように俺を見据えている。
「保護目的で結婚を前提に申し込んだって、異常行為ですよ。他にやり方があったんじゃないですか」
「いや、これが最善だ」
すぐさま若林に反論する。
「初音が覚えていた情報は、黒川の攻撃コードの可能性が高い」
「は? まさか……」
「文字列は十文字だった。アプリを起動していたみたいだが、日向家が運営しているアプリなら、辻褄が合う」
「……正確ですか?」
「試してみる価値はあるな。普通の人間が覚えられる情報量じゃない」
そう言うと、若林は眉間にしわを寄せた。
「攻撃コードが解析できれば、セキュリティ対策ができますね」
「ついでに黒川の資金源が青葉だと分かった。まとめて潰せば、ちょっかいを出す奴らが減らせるだろう」
「青葉さんはいつ、それを見たんですか?」
「黒川の奴が使っていたフリック機能を読み取ったらしいぞ」
「は? あなたみたいな能力があるんですか?」
「らしいな」
機嫌良く言えば、若林は納得していないような顔をした。
「弁護士に初音の権利を取り戻すように指示したか?」
「ご命令通り。司法書士と税理士も待機中ですよ」
「手際がいいな」
「あんたの秘書なんで」
「弁護士が動いたら、青葉家は全員追い出されることになるだろう。慰謝料は弾んでもらわないとな」
「住む場所も金も奪うってわけですか。人生、やり直せないですね」
「本来なら、初音が得るべきものを搾取していたんだ。返してもらうってのが筋だろ?」
若林の呟きを聞きながら、俺は足を組む。
「チッ、どうして真面目に生きていた奴が割を食わなきゃいけないんだ。社会の縮図そのものじゃないか」
「全くもってその通りですね」
俺は高ぶった気持ちのまま、スマホを取り出してSNSにログインする。
「青葉一華のアカウントなら、いい感じに炎上していますよ。例の音声、ちょうど刺さったみたいです」
俺の行動を見て、若林が淡々と言う。画面を確認すると、必死になって嘘を取り繕うコメントを出している青葉一華がいた。
「若林のコメントがよかったな」
「私は火付け役になっただけです。特定班になって薪をくべたのは社長じゃないですか」
「裏工作には慣れているからな」
「……笑い方が、魔王そのものですね」
若林の返事にくつくつ喉を鳴らして笑う。画面をもう一度見ると、青葉一華の嘘はどんどん拡散されているようだ。もう生き恥をかくしかないだろう。
初音は隠していたが、髪を切ったのは青葉一華だと俺は特定していた。
本人がこれみよがしに話していたから。だから、今の状況は自業自得だ。
「せいぜい怯えろ」
淡々と呟いて、スマートフォンを閉じた。
彼女の自尊心を傷つけたこと、俺は許さない。
***
「なによこれ⁉」
青葉一華は発狂しながらSNSの画面を見ていた。コメントが異様な数でついている。
どれもが一華を「最低」「嘘つき」と呼び非難するものだ。
中には強い言葉で侮辱するコメントも書かれており、SNS上で築いてきた一華のイメージは、完全に崩壊していた。
SNS上で一華は『悲劇のヒロイン』を演じていた。
それは初音にしたことを、あたかも自分がされたように書いて、ネット上の人々に同情されるというものだ。
一華にとってSNSは承認欲求を満たす場であった。
大学中退後も定職に就けず、バイトも長続きしない。一華は初音をいじめることで憂さ晴らしをしていた。それに飽きてふとネット上で『かわいそうなアタシの話』を投稿したら反響が大きかったのだ。
(えー、みんな、アタシを見てくれる♡)
味をしめた一華は初音へのいじめを段々と過激にしていき、それをネタに投稿を続けた。昨日の投稿もだ。
『いじわるな従妹に髪を切られたことを彼ぴに言ったら、ドン引きされてフラれちゃった』
実際は初音への暴力に興奮した一華がぺろっと彼氏の前でそれを言って、盛大にフラれたのだ。その憂さ晴らしに投稿したコメントには、同情の声が多かった。
ところがそれを「髪を切ったのはあなたでは?」と真実を見抜くコメントが付いたのだ。それを特定班と名乗る誰かが、顔を隠した状態で音声動画が一華のコメントに付いた。
『澄ました顔しちゃってさあ。むかついたから鋏で髪を切ってやった!』
その動画の声を、違う特定班が過去にアップした音声動画と検証して、本人のものであると証明してきた。それを多くの人が信じてしまった。
「こんなことしたの、誰なのよ⁉」
八つ当たりをしてスマホを床に叩きつけてもSNSの通知が止まらない。
ピコン、ピコンと音を出し、その音に一華は戦慄した。
恐々、画面を見ると、一華を「嘘つき」と断罪する声ばかり。
止まらぬ声は、かりそめのお姫様に君臨していた一華にはきつく、精神的に追い詰められていった。
耐えきれなくて通知をオフにしたが、オンにする勇気はなかった。
気分転換をしたくても、一華を着飾ってくれた初音はもういない。美味しい食事もない、洗濯は誰もしない。部屋はゴミが溜まっていく。
「ママ! 洗濯してよ!」
「あなたが自分でやればいいでしょ! そ、それどころじゃないの!」
母に言っても何もしてもらえず、一華は菓子パンを貪るしかない。
(なんで、こんな目に遭うの……!)
一華は惨めだった。お姫様にはなれない。シンデレラの魔法は解けてしまった。散々、虐げ、ネタに使ってきた初音は一華が羨むほどの男性に守られ、家から出ていった。
(初音ばっかり、ずるい。……どうして、私がみじめになっちゃうのよおっ!)
恨んでも妬んでも、ぶつける相手はもういない。
初音はそんな一華の因果応報を知らぬまま、日向家で新しい生活を始めていた。




