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【完結】前世で死に別れた忍者に、現代で溺愛婚を申し込まれました  作者: りすこ


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3-1 新しい家でみかんを食べる日

『景虎、見て。みかんを貰ったの。ひとつ、あげるわ』

『ありがとうございます』

『一緒に食べましょう』

『姫様、剥き方が猿みたいですね』

『わ、笑わないで!』

『くっ、失礼しました』


 雅姫と景虎が出てくる夢を見て、ぱちりと目を覚ました。

 今日見た夢もまた、幼いころのものだった。


(微笑ましい夢だったな……)


 ふふっと笑いながら手を伸ばすと、肌触りの柔らかいシーツを感じた。驚いて思わず体を起こす。


「え……ここは?」

 

 目に入ったのは、陽光を浴びた日本庭園だった。

 

 苔が瑞々しく地面を覆い、白樺(しらかば)の葉がひらりと落ちている。石灯籠(いしどうろう)や敷石が整然と配置され、まるで高級旅館の庭のようだった。

 部屋を見渡すと、和風モダンの広々とした空間で、寝ていたベッドはキングサイズ。非日常の光景に、呆然と見入ってしまう。


(あれ……わたし、昨日の夜……どうしたっけ?)


 確か日向様の車の中で寝てしまって、起こされて飛行機に乗った記憶はある。空港に降り立って、日向様の車に乗って。そこから記憶が途切れている。


(ここは……旅館?)

 

 辺りを見渡していると、廊下から丸くて平たい黒い物体が入ってきた。


(え?)


 ベッドから身を乗り出し、それを観察した。

 誰に指示されるでもなく、床拭き掃除をして隅々まできれいにしていく。お掃除ロボットだろうか。ロボットは掃除を終えると、そっと部屋を出て行った。


「どこへ行くのかしら……?」

 

 わたしはベッドから出てロボットの後を追った。

 

 次は廊下の掃除をしているらしい。

 よく働くと感心して見入っていると、違う部屋に入っていた。

 

 そこはリビングダイニングだった。

 掘りごたつ風のテーブルがあり、奥には銀色に輝く広々したキッチンと大きな冷蔵庫がある。

 お掃除ロボットは部屋の一角に吸い込まれるように入り、停止した。

 好奇心で近づくと、奥の扉が開き、日向様が現れた。

 後ろに整えられていた髪は下ろされ、昨日より穏やかな雰囲気だ。何よりも藍色の着物姿で現れたから、一瞬、景虎かと思いドキリとした。


「掃除ロボットに興味があるのか?」

 

 問いかけられはっと我に返り、慌てて姿勢を正す。


「はい……初めて見たので、なんだろうと思いました。とても丁寧に掃除していて、魔法のようでした」

「魔法はいいな。俺は魔法使いか」

 

 彼はくすくすと楽しそうに笑った。


「昨日はよく眠れたか?」

「はい……おかげさまで……」

「それは良かった」

 

 わたしは緊張して小声で尋ねた。


「あの……ここは旅館ですか?」

「いや、俺の家だ」

「ご、ご自宅……」

「とはいえ、普段は寝に帰るだけだけどな。今日から自由に使ってくれ」

 

 突然の申し出に驚きつつも、彼の目の優しさに素直に頷いた。

 

「ありがとう存じます」

「遠慮はいらないからな。ここならセキュリティも万全だ。風呂に入るか?」

「えっ……」

「さっぱりした方が疲れも取れるだろう?」

 

 彼の言葉に頷くと、壁のボタンを操作し、わたしに言う。


「十分待っていてくれ」

 

 その意味は、十分後に分かった。

 

 彼に案内され、日本庭園を望む廊下を歩く。


(どの部屋からも日本庭園が見える造りなんだ……)

 

 大きな窓ガラスは曇りひとつなく、冬でも廊下は暖かい。脱衣所には、女性用の浴衣が整然と用意されていた。

 

(し、下着まである……)

 

 下着を前に固まっていると、日向様が飄々と言った。

 

「ああ、用意したのは俺じゃない。エステに行ったときに、スタッフに予備を渡されていたんだ」

「そうだったのですね……ありがとう存じます」

 

 頭を下げると、日向様は微笑みながら「ごゆっくり」と言って去っていった。


(浴室から日本庭園が見える……旅館みたい)

 

 檜の浴槽にはたっぷりとお湯が張られていた。ガラス越しに日本庭園が見え、葉の揺れる音まで聞こえてきそうだ。

 湯船に手を入れるとちょうどいい温度だった。


(入ったら、気持ちよさそう。使わせてもらおう)


 恐縮しながら服を脱ぎ、浴槽に浸かると、暖かさが体を包んだ。


(家なのに、露天湯船に浸っているみたい……気持ちいい)


 じんわりと温かさが体にしみて、とろんと瞼が落ちた。


(……すごい贅沢)


 お湯船を満喫した後は、浴衣に袖を通し、しずしずと居間に戻った。

 

「お風呂をありがとう存じます」

 

 日向様は目をぱちぱちさせて、座布団から立ち上がりわたしに近づく。まだ少し濡れた髪や、しっとりした肌を見て、日向様は笑んだ。

 

「湯上りは艶っぽいな」

 

 視線の熱さにうつむきながら、どうしても気になることを尋ねた。


「あの、お風呂掃除は……」

「ん?」

「檜でしたし……すぐ掃除をした方がいいのかご相談を。掃除道具はどこにありますか?」

 

 日向様は少し面白くなさそうに目を据わらせた。


「まあ……すぐ掃除したほうがいいが」

「やっぱり、よく乾燥させた方がいいんですか?」

 

 両手を叩いて無邪気に言うと、彼はため息をこぼした。


「……距離を詰めるのは、なしか」

「日向様?」

「なんでもない。道具は脱衣所にある」


 脱衣所に戻り、掃除の仕方を教えてもらった。ぬめりを落とし、よく乾燥させれば充分とのこと。


(よし、綺麗になったわ)


 顔を上げると、窓越しに青空が広がる。雲一つない快晴だった。


 ダイニングに戻ると、日向様がキッチンに立っていた。

 土鍋を木べらでかきまぜている。日向様が火を止め、わたしに向かって言う。


「初音、小腹が空かないか? もう昼だ」

 

(そういえば、何も食べないで寝ちゃったわ……)


 おなかをさする。きゅるっと情けない音がして、慌てて両手でおなかを抑えた。


「おじやを作った。一緒に食おう」

「はい。あ、お手伝いします」

 

 土鍋がテーブルに置かれる。彼が手ぬぐいで取っ手を押さえ、蓋を開けると湯気がほこほこと立った。


「わあ……」

 

 優しい色をした卵おじやだった。椀に掬い入れてくれて、目の前に置かれる。


「これぐらいなら食べられそうか」

「はい」

「葱は好みでな」

「ありがとう存じます」

 

 小鉢を手渡され、ぱらぱらと落として椀に緑を添える。とっても美味しそう。


「いただきます」

 

 両手を合わせて、スプーンですくい口に運ぶ。


「んんんっ」

 

 滋味が口いっぱいに広がった。


「美味しいです」

「それはよかった」

 

 お米の甘みをふんわりと卵が包み込み体に染み渡っていく。胃を優しくマッサージされているみたいで、ふにゃんと笑ってしまう。

 

「くくくっ。初音は美味しそうに食うな」

「お、美味しいですから」

 

(ちょっと浮かれすぎたかしら……?)


「初音は笑っている方が、ずっといいな」

 

 そう穏やかに言われ、ストレートな物言いに照れくさくなった。いくら保護されている立場とはいえ、過保護すぎではないだろうか。

 彼からそっと目をそらし、おじやに集中する。


(やっぱり、弱った胃にも優しい)


 まるで彼自身のようだ、と感じた。

 

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