戦場の輸送隊
「ライトニング、チャーリー基地にこのニシンのパイを届けてくれ」
明らかに階級の高そうな軍服の男が慎重に手渡してきた小包を、俺は恭しく受け取った。
ここでムービー終了。
こいつをこのまま地面に叩きつけてやろうかと割と真面目に考えてみる。どうせたいしたAIは積んでないから荷物を目の前でどれだけ粗末に扱おうが怒られやしない。やつは素知らぬ顔だ。でも荷物に損傷与えるとその分評価下がるんだよな。
とりあえずアホ司令官にキックを一発入れてから、俺は司令部を出た。
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時に乗り物に乗り、時に自らの脚で、戦場を駆け抜け荷物を確実に届けるゲーム。それが戦場の輸送隊だ。コンセプトがはっきりしてるし、クリアのためのルートが無数に存在しているっていうのも面白い。派手に銃をぶっ放し敵をなぎ倒しながら進むことも、隠密を貫きノーキルノーアラートを目指すこともできる。
が、なぜか届け物は終始ふざけている。ストーリーモードの最終ステージですら、お届けしたのは運命の赤い糸だった。
果たしてどうやってそんな物を小包に包んだのかは不明。ただ、真面目な様子でおっさんから受け取ったそれをオイラー基地のおっさんに手渡すと、クリア後からオンラインでの司令官の髪の毛がふさふさになる。ふざけている。ちなみにその作戦で、俺は敵兵を100人くらい葬った。あいつら、まるで荷物が機密文書であるかのごとく執拗に追いかけてきたからな。
ニシンの塩漬けよりはマシ、なのだろうかと思いつつ、俺は小包をバックパックに収め、代わりに地図を取り出した。
荷運びは、場所によってシティタイプとフィールドタイプがある。まあどっちにしろ届け先は戦場だ。銃弾飛び交う中で目的地に到達し荷物を手渡すのがミッション。今回は複合タイプだな。何しろチャーリー基地は最前線。常に敵に攻められている。いつ陥落してもおかしくない状態なのに、まったく落ちない。むしろ基地内にいる人間の8割が敵兵なのに健在なのである。不思議だ。
今現在、俺がいるオイラー基地からチャーリー基地へ向かうルートは現実的に3つ。最短ルートだが敵勢力圏の真っただ中を突っ切る必要があるルート1。味方勢力圏内のラフな地形を走り抜けるルート2。味方勢力圏内の整備された道を走るルート3。たどり着くだけならほかにも道のりは無数にあるが、リスクに対するリターンを考えたら選択肢にも入らない。敵勢力圏内を走りつつ距離も遠い、とかな。
「やっぱ突っ切るルートだな」
配達にかかった時間はスコアに影響する。ハイスコアを目指すなら最短ルートを通らなければいけない。それにオンラインじゃ、味方勢力圏だって安全とは限らない。
手早くルート選定を終えた俺は、相棒のブラックビートルに飛び乗りオイラー基地を発つ。それから数分は、敵の姿もなく安全な道のり。荒れた地面にタイヤが跳ね上がってだいぶ揺れるが、この程度でどうにかなるほどブラックビートルは軟じゃない。ただし、さすがに砲弾なんてもらったらただじゃすまない。
「きやがったな」
ローレス帝国の巡回車両だ。勢力圏に入った途端出くわすとは運が悪い。
振り切るか? 一応ブラックビートルの機動力は巡回車両より上。走り続ければ振り切れる。だがしばらく張り付かれたままなのはいただけないな。ここは撃破すべきだと、搭載された22mm機関砲を向ける。ダダダダッと小気味良い音を立てて放たれた弾丸が巡回車両の装甲を貫き、いくつもの穴をあける。うちの一部がタイヤを抜いたようだ。スピンして、あらぬ方向へと消えていく。
これで良し。もう追ってくることはできない。止めを刺す意味もないのでさっさと走り去る。
だが、ここはすでに敵の勢力圏内だ。前方の左右に砲台。無論直進。山なりの軌道で飛んでくる2発の砲弾をどうにかわし、反撃に機関砲を撃ち込んでやる。
右の砲台は無傷だが、左の砲台はすでに煙を上げていた。ほかの運び屋が攻撃したのだろう。少し当てれば、狙い通り爆発した。
お返しとばかり、無事な砲台から次が飛んでくる。近距離で撃たれると、回避は運が絡む。今日はついてない。至近弾を受け、2割ほど持っていかれた。
「必要経費だ!」
突っ切る。次の砲撃は間に合わない。バリケードと歩兵を一緒に撥ね飛ばす。後ろから戦闘車両が追いかけてくるが、全然間に合っていない。ブラックビートルに追いつきたかったらヘリでも持ってくるんだな。
その後もいくつかの検問を突破し、耐久を6割くらいまで削られつつ敵勢力圏を8割踏破。途中、遠目に戦車を見たときはついてないと思ったが、幸い向こうに捕捉されることはなかった。運がいい。
だが戦車の射程を抜けた先で見つけたのは、戦車より厄介な奴ら。
「盗賊団かよ」
オンラインの面白くも厄介なところは、NPCに混ざってプレイヤーが荷物を狙いにくるところだ。通称盗賊。一応敵軍の所属って扱いらしいけど指揮命令系統に組み込まれてるわけじゃないからな。
敵軍側プレイヤーのステータスはほかのNPCと同等にまで弱体化されているから、正面からぶつかり合えばまず勝てるが、そこで様々な策を練ってくるのがプレイヤーだ。
うちひとつが、数を揃えればどうにかなるって考え。システム的な名称は、小隊だったかな。要するにギルドとかクランとか言われるプレイヤーの集団だ。小学生でもわかることだが、数が多いってのは実際厄介だ。あの数を突っ切るのは愚策である。
運がいいのはこっちが先に見つけたってことだ。車両を止め、道を逸れたところに隠れて地図をチェック。
敵勢力圏を突っ切るルートを選んだわけだが、実際には細かな枝分かれがさらにある。最短ルートを通れなかったのはついていないが、あんなわかりやすく待ち伏せしてるだけなら回避は簡単だ。自分たちが優位な状況で攻撃していい相手を叩き潰したいだけの奴らなんて、わざわざに近づく必要もない。
多少の迂回こそあったものの、特段問題もなくチャーリー基地が見えてきた。ほぼ全域に敵が配置されているので陥落基地とか敵の基地とか言われている場所だな。
ちなみにここのトップは数えるほどしかいない女性司令官だ。でも美人じゃない。元ハゲの姪でコネで成り上がったとかいうどうでもいい情報がある、口と性格の悪い女である。しょっちゅう賄賂を届けさせることでも有名。
「こっからはステルスで行きますか」
正面突破してもいいんだが、この基地はこっそり侵入した方が楽だ。自軍のはずなのに。
基地の外の壁沿いにブラックビートルを止め、バックパックを背負う。武器は片手でも扱えて取り回しの良いサブマシンガン。ドットサイトとサイレンサー付き。腰にロープと斧を吊るし、EMP爆弾を持つ。
味方基地のはずなのにチャーリー基地の入り口は敵歩兵がバリケードを築いている。しかも壁を乗り越えると警報システムが発動し敵に位置がばれる。だからこそ必要なのがEMPだ。こいつを警報装置に投げ込んでやれば、一時的に壁の監視システムがダウンする。ついでに見張りの兵士も攻撃箇所に集まるので、別の場所からロープで壁を乗り越えられるって寸法だ。
ここまで来れば、オフラインなら簡単だ。チャーリー基地には何度かきたことがあるし、侵入ルートも確立している。ただオンラインだとそうもいかない。上手いプレイヤーはその安全なルートを潰すように巡回する。なので、今回はちょっとした搦手を使おう。
目指すは南の監視塔だ。監視、とあるがこれは外に対するものなので、内側への警戒は緩い。特に問題もなく乗り込めた。そして通常なら数人の敵兵をやり過ごすだけでいいのだが。
「うおっ!?」
安全だと思っていた通路を走り抜けようとしたところで、ばったりとプレイヤーに遭遇。こっちのルートも有名になりつつあるってことか。そういえば最近、動画で使われていたな。
あっちも移動中だったのか出会い頭の事故みたいな遭遇戦だ。細かく動いて被弾を避けながらサブマシンガンを連射。敵もそこそこ動けるみたいだがスペック差で無理やり突破する。けど、これで苦しくなるな。
「やっぱ来ますよねー」
俺はともかくあちらはサイレンサーなんてつけてないし、銃声が派手に響いた。つまり兵士たちが集まってくるわけで。
「予定変更! こっからはゴリ押し!」
むしろそれしかないっていうか。隠れてほとぼりが覚めるまでやり過ごそうとしたら時間がかかりすぎる。だからサブマシンガン片手に走り出し、途中の敵は容赦なく消していく。そうしてこれまで以上のスピードでガンガン監視等を進み、最上階へ。ここにも何人かの敵がいるが、プレイヤーの姿はなかったので手早く制圧する。
そうして、無人になった監視塔の最上階から北を見下ろせば、長官室のガラス張りの窓の向こうに、ゆったりと座るおばさんの後頭部が。
ほかの基地の司令官は作戦司令室とかにいるんだけど、なぜかチャーリー基地だけ執務室にいるんだよな。ほかの基地と比べて執務室の内容がやたらと豪華だし。でっかい窓がついているし。ちなみに望遠鏡で覗くと、机の陰の正面から入るとプレイヤーからは見えない位置に帝国のマークがある。
というわけで敵がやってくる前にちゃっちゃと済まそう。俺は執務室を見下ろす位置に立つと、若干禿の進行した後頭部に照準を合わせ、サブマシンガンを放つ。うん。プレイヤーはみんな裏切りを知ってるからね。動画でもこうしていたし。でもシステム上はまだ味方のイベントNPCなので無敵。銃弾をものともしない。
だけどガラスは割れた。目の前の窓と、執務室の窓の両方。下の階から随分と賑やかな足音が聞こえるが、もう遅い。バックパックから小包をひっつかみ、大きく振りかぶる。そのまま窓の外へ思いっきり放り投げれば、素晴らしいコントロールで、荷物は裏切り者の後頭部に直撃した。
評価? ノー問題。配達任務は荷物が送り先に触れた瞬間に完了し、小包へのダメージ判定はそれより遅い。受け取った相手がその後荷物をどうしようが、運び屋の知ったこっちゃないってことだ。
というわけで、ぐっちゃぐちゃになった星を見るパイの配達任務。S評価でお届け完了だ。
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