第七十七話 「繋がる命」
結の懐妊が明らかになったのは、政宗の喪が明け、伊達家の空気がようやく落ち着きを取り戻し始めた頃だった。
村田城の朝は静かだった。
蔵王からの風が庭の木々を揺らし、雪王丸の笑い声が奥から聞こえてくる。
その日、結は朝餉にほとんど箸をつけず、そっと口元を押さえた。
「……お方様?」
側仕えの女が心配そうに声をかける。
「少し、気分が……」
顔色は悪くないが、いつもと違う。
すぐに医師が呼ばれ、脈を取り、腹に手を当て、静かに頷いた。
「おめでとうございます。
お子がおります」
その言葉を聞いた瞬間、結は両手で口を覆った。
「……本当、ですか」
「間違いございません」
知らせを受けた宗高は、書付を手にしたまま、しばらく動かなかった。
「……二人目、か」
右近が様子をうかがう。
「殿?」
宗高は、ふっと息を吐き、微笑んだ。
「父上が逝き、
伊達が揺れ、
それでも……命は続く、か」
その夜、宗高は結のもとを訪れた。
「無理はするな」
それが、最初の言葉だった。
結は苦笑する。
「いきなりですか」
「雪王丸の時より、
俺の方が落ち着かなくてな」
宗高は、そっと結の腹に手を置いた。
「……ありがとう」
結は、静かに首を振る。
「この子も、
この地に生まれるべき命です」
蔵王の麓。
村田の城。
人と人が守ってきた場所。
結は、その意味をよく知っていた。
懐妊が公になると、城内は一気に和んだ。
重苦しかった空気が、わずかに緩む。
「次も、丈夫なお子に」
「今度は姫君かもしれませぬな」
宗高は、そうした声にただ頷きながらも、心を引き締めていた。
(守るものが、また一つ増えた)
結の身体を第一に考え、
蔵王薬草園から穏やかな養生薬を選び、
食事も医食同源の膳に改めた。
「殿、心配しすぎでは?」
右近が苦笑する。
「父になった男は、皆こうなる」
月日が流れ、夏が過ぎ、秋の気配が近づく。
ある夜、
産婆が走り、城内が慌ただしくなる。
宗高は廊下で拳を握り、ただ祈った。
蔵王権現に、ではない。
(生きてくれ)
(無事でいてくれ)
それだけだった。
夜明け前、産声が上がった。
「おめでとうございます!
姫君でございます!」
宗高は、深く息を吐き、その場に膝をついた。
「……結は」
「ご無事です」
宗高は、天を仰いだ。
抱かれてきた赤子は、小さく、温かかった。
雪王丸が、恐る恐る覗き込む。
「ちいさい……」
「お前の妹だ」
「……守る?」
宗高は、静かに頷いた。
「皆で、な」
結は、疲れた顔で微笑んだ。
「この子は、
争いよりも、
人を繋ぐ時代に生きる子です」
宗高は、その言葉を胸に刻む。
第二子の誕生は、
伊達家にとって、
宗高にとって、
そして村田にとって――
次の時代が、確かに始まった証だった。
蔵王の峰は、その日も変わらず、
静かに彼らを見守っていた。




