第七十三話 「大目付・巡見使」
その報せは、秋の紅葉が始まる頃に届いた。
「幕府より――
大目付ならびに巡見使、奥州筋へ派遣との由にございます」
仙台城の評定の間。
一瞬、空気が凍りついた。
大目付。
それは、単なる視察ではない。
疑いがある時にしか動かぬ目である。
政宗は扇子を閉じ、静かに言った。
「……ついに来たか」
忠宗が続ける。
「名目は“治水・流通・民情の巡見”。
だが実際は――
宗高の働きを測りに来る」
誰もが分かっていた。
反伊達勢力の訴えが、
ついに幕府を動かしたのだ。
宗高への沙汰
「宗高を、前に出す」
政宗の言葉に、
重臣の一人が思わず声を上げた。
「あまりに危ういのでは?!」
政宗は片目を細めた。
「だからだ。
隠せば“怪しい”。
出せば“測られる”。」
政宗は宗高を見据える。
「耐えられるか?」
宗高は、深く一礼した。
「覚悟は、
すでに出来ております」
その言葉に、
政宗は一瞬だけ笑った。
「ならば、
伊達は正面から迎える」
数日後。
黒塗りの駕籠が、仙台城下に入った。
幕府大目付・巡見使一行。
供回りは少数。
だが、その眼は鋭い。
「治水を見せよ」
「米の流れを示せ」
「蔵王会とは、
いかなる組織か」
質問は、簡潔で容赦がなかった。
宗高は、
すべてに正面から答えた。
帳簿を出し、
絵図を広げ、
人足や百姓の声も呼び寄せる。
「隠し事は?」
「ございません」
「利益は?」
「藩と民に、
均等に回る仕組みにしております」
巡見使は、
何も言わず、ただ書き留める。
現地視察
阿武隈川。
完成した堤と閘門の前で、
巡見使は立ち止まった。
「……派手ではないな」
宗高は答える。
「壊れぬことを、
第一と致しました」
巡見使は川面を見る。
「壊れねば、
語られぬ普請だ」
その声には、
皮肉とも、
評価とも取れる響きがあった。
試される“心”
視察の最中、
巡見使が突然、宗高に問う。
「伊達家を、
大きくしたいか?」
宗高は即答しなかった。
少しだけ間を置き、言う。
「守りたい、
と思っております」
「何を?」
「人と、
暮らしです」
巡見使は、初めて宗高を正面から見た。
「……それが、
力になることもある」
「知っているか?」
宗高は、うなずいた。
「だからこそ、
慎んでおります」
仙台城での夜
その夜。
政宗と宗高は、
城の奥で静かに向き合った。
「宗高」
「は」
「大目付は、
お前を見ている」
「だが同時に――
伊達を測っている」
宗高は答える。
「ならば、
私が重りとなりましょう」
政宗は、深く息を吐いた。
「……それでよい」
巡見使の去り際
数日後。
巡見使は、何も告げずに立ち去った。
評価も、
咎めも、
その場では出なかった。
それが、最も重い結果だった。
忠宗が呟く。
「しばらくは……
宙ぶらりんだな」
政宗は静かに言った。
「いや」
「“生き残った”」
宗高は、空を仰いだ。
(次は――
沙汰が下る)
伊達の行く末は、
いま、江戸の机の上に載せられている。
だが、
宗高の背は、
もう揺れてはいなかった。




