第七十話 「米価変動」
大豊作の報せは、喜びとともに不安を運んだ。
江戸・日本橋。
米問屋が並ぶ通りで、ざわめきが広がる。
「今年は東北の米が多すぎる……」
帳場で算盤を弾く商人が、額の汗を拭った。
「仙台米が安く出回れば、
相場が崩れるぞ」
実際、荒浜新港から入る米は質が良く、
舟運で運ばれるため、
従来より安定して大量に江戸へ届いていた。
米俵が積み上がるにつれ、
市中の米価はじわじわと下がる。
町人は喜んだ。
「助かるな……
飯が食える」
だが、米を収入の柱とする諸藩は眉をひそめる。
「伊達が、米で江戸を抑えるつもりか」
そんな噂が、
評定所の耳にも届き始めていた。
江戸城。
老中の詰所で、米相場の報告書が広げられる。
「仙台領、特に南部領からの出荷量が急増しております」
一人の老中が眉を寄せた。
「治水による増産、舟運の整備……
聞けば、若き城主が主導したとか」
別の老中が静かに言う。
「民を救い、
江戸の流行り病でも顔を売った男だ」
「伊達政宗の子……
いや、七男か」
扇子が畳に置かれる音がした。
「伊達家が力を蓄えるのは、
幕府としては看過できぬ」
だが、強く出る理由もない。
「米価が下がれば、
町は安定する。
表立って咎めれば、
民の不満を買う」
老中たちは、視線を交わした。
「ならば――
調整だ」
数日後。
江戸の蔵王会・青葉会の店に、
幕府筋からの“問い合わせ”が入る。
「今年の米、
出荷を急ぎすぎではないか?」
大沼庄太郎は、丁寧に頭を下げた。
「市場を乱す意図はございません。
あくまで、
他国の不足分を補うためにございます」
「ほう……」
役人は帳簿を覗き込む。
「価格を抑え、
買い占めをせず、
必要な量だけを流す――
そういうことか?」
「左様にございます」
役人は頷いた。
「ならば、
今後の出荷計画、
定期的に報告せよ」
それは命令ではない。
だが、
見られているという明確な合図だった。
村田城。
宗高は報告を受け、静かに考えた。
「米は力だ。
だからこそ、
振るい方を誤れば刃になる」
福地右近が言う。
「殿。
一時、加工品と酒に比重を移すのも手かと」
宗高は頷いた。
「米は抑え、
価値を分ける」
宗高は決断する。
「米ではなく、
味噌、麹、酒、薬膳。
“加工食”として流せ」
「米を売るのではなく、
暮らしを支える形で出す」
蔵王七翼が、静かに動き出した。
老中の評価
江戸城。
再び老中の間。
「伊達は、
出過ぎぬな」
「いや……
出過ぎぬよう、
自ら抑えている」
老中の一人が、苦笑する。
「政宗の血だな。
派手に見えて、
肝心なところで引く」
別の老中が言った。
「宗高――
危ういが、
使い道のある男だ」
幕府の視線は、
警戒から、
管理と観察へと変わっていった。
しかし――
米価の変動は、
必ず誰かの不満を生む。
伊達領の内外で、
「宗高を止めねばならぬ」
と考える者たちが、
静かに動き始めていた。




