第六十九話 「大豊作と祭」
阿武隈川の水は、今年、荒れなかった。
春の雪解け、
夏の夕立、
そして秋の長雨――
いずれも堤は耐え、閘門は静かに流れを制した。
「今年は……違うだなぁ」
角田の田で、年老いた百姓が空を見上げて呟いた。
稲は倒れず、
苗は根腐れせず、
水は過不足なく田を満たす。
刈り入れの時期。
鎌が入るたび、
黄金色の穂が、ざくりと音を立てた。
「こんな実りは、初めてだ……」
白石、丸森、柴田、亘理――
白石川・阿武隈川周辺一帯で、例年を大きく上回る収穫が続々と報告された。
村田城。
蔵王七翼と福地右近が帳場に集まる。
「米だけでなく、紅花、そら豆、蚕も好調です」
菅野権七が報告すると、
高橋清三郎が帳簿を指で叩いた。
「水害の減少で、輸送の遅延も激減。
阿武隈川舟運、過去最大です」
宗高は静かに頷いた。
「川が守られれば、
人は前を向ける」
その言葉通り、
荒浜新港には米俵と加工品が積み上がり、
松尾丸がひっきりなしに川を下る。
商流は、
村田から白石へ、
白石から角田へ、
阿武隈川を通じて荒浜へ――
そして江戸へと、確かな太い流れを描き始めていた。
秋。
阿武隈川沿い、広い河原に幟が立った。
「阿武隈川治水完成 南部領合同祝い祭」
白石、角田、丸森、柴田、村田、亘理――
各地の代表と領民が集い、
市が立ち、屋台が並ぶ。
黒前掛け組は大鍋を据え、
味噌仕立ての芋煮を煮込む。
「さあさあ、遠慮なく!」
湯気と香りに、
人々の笑顔が広がった。
酒樽が割られる。
「峰雪の雫だ!」
杯が回り、
太鼓が鳴り、
踊りの輪が自然と生まれる。
壇上に立ったのは、
治水総奉行・石川宗昭。
「この川は、
我らを苦しめてきた。
だが今、
我らを養う川となった!」
歓声が上がる。
続いて、宗高が前に出た。
「この治水は、
誰一人の力ではありません」
宗高は、
農民、商人、舟子、職人たちを見渡す。
「汗を流した者、
鍬を持った者、
舟を漕いだ者、
祈った者――
皆の力で成りました」
一瞬の静寂の後、
大きな拍手が湧き起こった。
子どもたちが走り回り、
老人が酒を酌み交わし、
川面には灯籠が流される。
結姫が宗高の隣で、そっと言った。
「殿。
この光景……
蔵王様も、きっと喜んでおられます」
宗高は灯籠の流れを見つめた。
「守れたな……
ようやく」
夜。
河原に残る人々の笑い声。
福地右近が、静かに報告する。
「殿。
各地より、
新田開発と港利用拡大の願いが来ております」
宗高は微笑した。
「祭りは終わっても、
仕事は始まったばかりだ」
阿武隈川は、
月を映しながら、
穏やかに、しかし力強く流れていた。
それは、
伊達領南部の未来そのものの流れであった。




