第七話 「峰雪の雫、仙台へ 」
初春
村田の蔵では、新たな酒樽が整然と並んでいた。
宗高は筆を走らせながら、試し酒の瓶を一つ取り上げた。
瓶の首には、筆で記した名がある――
「峰雪の雫」。
蔵王の峰に積もる雪のように、澄んで冷たく、そして柔らかい酒。
新たに出来上がった酒は、村田から仙台の城へと、運ばれる時を迎えていた。
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「殿、仙台への道は容易ではありません。」
笹丸が地図を広げる。
「途中、難所も多く…」
「構わぬ。」宗高は笑った。
「この酒は、伊達の未来を潤す。障壁など、越えて見せよう。」
黒前掛け組の若者たちは、黒地に白の紋を染めた前掛けを締め、酒樽を慎重に荷車へ積み込む。
笹丸が先導し、宗高は最後尾に立った。
空は高く、蔵王の峰が白く光っていた。
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仙台城下。
城下の町人たちは噂していた。
「村田から“蔵王の酒”が来るらしい。」
「雪を閉じ込めたような、澄んだ酒だとか。」
宗高は、父、政宗の酒席に招かれることとなった。
金の屏風が並ぶ広間、家老たちが目を光らせる。
その中央に、宗高は「峰雪の雫」を捧げた。
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「村田城主・伊達宗高にございます。」
宗高が深く頭を下げると、広間の奥から父、政宗の声が響いた。
「ほう……新たな酒を?」
「はい。蔵王の峰の雪解けを封じた一滴にございます。」
宗高が盃に注ぐと、淡く光が揺れた。
政宗が盃を口に含む。
一瞬、静寂。
そして――目を細め、微笑を浮かべた。
「……柔らかい。されど芯がある。」
宗高の胸に熱いものがこみ上げた。
胸の奥で何かが震えた。
「“伊達の心”を、この酒に宿しました。」
「ふむ……ならば、我らが伊達の宴にふさわしい。」
政宗は盃を掲げた。
「今より、この酒を“仙台御用酒”とする!」
広間がどよめきが起きる。
宗高は深く頭を垂れた。
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宴ののち、夜の城下に戻った宗高。
月の光が瓦屋根を照らし、風に酒の香が流れる。
「殿、やりましたな。仙台が“峰雪の雫”で満たされます。」
「いや、まだ始まりだ。」宗高は空を見上げた。
「この酒は、民の笑顔を映す鏡。
次は、江戸だ。伊達の誇りを天下に知らしめる。」
笹丸が微笑んだ。
「ならば拙者、この命、再び影となりましょう。」
「頼もしいぞ、笹丸。」
二人の影が、月光の中で一つに重なる。
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それからまもなく、仙台の町には「峰雪の雫」が流通し始めた。
城下の商人が競うように酒を求め、農民たちは誇らしげに米を育てた。
“蔵王の恵み”が、人々の暮らしを潤していく。
蔵王山の峰には、淡い雪がまた降り始めていた。
宗高はその光を見上げながら、静かに呟く。
「父上……。
この雫が、伊達の未来を照らしますように。」
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――かくして、「峰雪の雫」は仙台御用酒となり、
のちに江戸の市中にまで名を轟かす。
伊達宗高と笹丸、そして黒前掛け組の名は、
“味”で天下を動かす伝説として語り継がれていくのであった。




