第六十八話 「完成報告」
阿武隈川治水が成り、初めての大雨を耐え抜いたという報せは、早馬により仙台城へ届いた。
数日後。
宗高は石川宗昭とともに、
完成絵図と実地報告書を携え、本丸御殿に入った。
上座には伊達政宗。
その隣に忠宗。
重臣たちが居並ぶ中、
宗昭が一歩進み出る。
「恐れながら申し上げます。
阿武隈川・白石川治水御普請、
無事、完遂いたしました。」
広間が、静まり返る。
宗高が続けた。
「完成直後の豪雨にて、
堤と逆流防止閘門は機能し、
氾濫は起こらず。
流域の村々は守られました。」
宗昭は絵図を広げ、
堤の構造、分水路、閘門の仕組みを丁寧に説明する。
「川を力で止めるのではなく、
流れを逃がし、
逆流のみを制する造りにございます。」
政宗は黙って聞き、
最後に一言、低く言った。
「……よくやった。」
その言葉は短い。
だが、重かった。
政宗は宗高を見据えた。
「宗高。
そなたは刀を振るわずして、
万の命を守った。」
忠宗も深くうなずく。
「南部領は、これで安心して田を起こせる。
伊達家の地は、確実に強くなった。」
宗昭は深々と頭を下げた。
「御英断あっての普請にございます。」
政宗は扇子を畳に置き、
重臣たちを見回した。
「この治水、
誰の働きが大であったか――
異を唱える者はおるか。」
誰も声を上げない。
「ならば聞け。」
忠宗が文書を読み上げる。
「阿武隈川治水御普請の功により、
角田石川宗昭を、
そのまま治水総奉行として留任。」
宗昭の肩が、わずかに震えた。
宗高の名が、忠宗の口から続いた。
「村田城主・伊達宗高には、
治水・救民の功をもって、
御加増と、
南部領一帯の開発裁量を許す。」
重臣の一人が思わず呟く。
「……若きにして、これは破格……」
政宗がその声を制した。
「破格ではない。
必要な裁量を与えるのみよ。」
政宗は宗高へ視線を向け、
一言付け加える。
「ただし――
藩の名を背負う覚悟を持て。」
宗高は深く頭を下げた。
「身命を賭して、務めます。」
評定後。
廊下や控えの間では、さまざまな声が交わされた。
「蔵王会の働き、確かに見事だった……」
「だが、宗高殿に力が集まりすぎでは……?」
「いや、今はあの手腕が必要だ。」
一部の古参家臣は渋い顔を見せる。
「治水、救民、商い……
武よりも民を重んじるやり方、
時代が変わったということか。」
一方、若い家臣たちは目を輝かせていた。
「あの方の下で働きたい。」
「命を守る政こそ、本物だ。」
その夜。
政宗は忠宗と二人、灯の下で酒を酌み交わしていた。
「忠宗よ。」
「はい。」
「宗高は、目立つ。」
忠宗は苦笑した。
「ええ。
それゆえ、妬みも集めましょう。」
政宗は杯を置き、静かに言った。
「だからこそ、
目を離すな。
守り、使い、そして試せ。」
忠宗は深くうなずく。
「伊達の未来を背負わせる価値がある、と。」
政宗は微笑した。
「ああ。
あやつは“国を治す器”だ。」
仙台城を辞した宗高は、
城下の空を仰いだ。
(守らねばならぬものが、また増えた)
風が、南の方角から吹いてくる。
阿武隈川の流れは、
今も静かに、確かに、
人の暮らしを支えている。




