第六十五話 「治水総奉行」
仙台城・評定の間
政宗と忠宗を上座に、家中の重臣たちが列座していた。
政宗は扇子を机に置き、低く告げた。
「阿武隈川・白石川の治水は、
今後、伊達家直轄の御普請とする。」
場が静まり返る。
「ゆえに――治水総奉行を定める。」
政宗は一人の名を呼んだ。
「石川宗昭。」
角田石川家当主、宗昭が一歩進み出て、深々と頭を下げる。
「はっ。」
政宗の声は重く、しかし信頼に満ちていた。
「宗昭、そなたは角田の地を知り尽くし、
今回の氾濫でも民をよく導いた。
阿武隈川治水、すべてを預ける。」
忠宗が続ける。
「宗昭には、普請の裁量を与える。
人足の動員、資材の調達、
蔵王会・青葉会との連携も許可する。」
宗昭は膝をつき、拳を畳に当てた。
「命、身に余る光栄。
この宗昭、阿武隈川を必ずや従わせ、
民の暮らしを守ってみせます。」
宗高は一歩下がった位置から、
深くうなずき、胸に安堵を覚えた。
その日のうちに、
治水工事の全体体制が定められた。
◎総奉行
石川宗昭
阿武隈川・白石川治水の総指揮官
全工程・全地域の決裁権を持つ
◎技術担当
普請奉行(仙台本藩より派遣)
堰・堤・分水路の設計監督
修験者・山伏衆
山間部の水脈・地形調査
蔵王山麓からの流水調整
◎輸送・補給
有見勘平
舟運による資材輸送(阿武隈川水系)
菅野権七
道普請・街道整備
陸路と舟運の連携
数日後、角田城。
広間に広げられた巨大な川絵図を前に、
宗昭、宗高、右近らが集まった。
宗昭は地図を指し示す。
「まず、ここ――角田南部。
氾濫が最も激しかった地点だ。
ここに“二重堤”を築く。」
右近が問う。
「人足はどれほど必要に?」
「初期で千人。
丸森・角田・村田から段階的に動員する。」
宗高が補足する。
「蔵王会は炊き出しと薬草茶を常設。
人足が倒れぬよう、養生処も併設する。」
宗昭は満足げにうなずいた。
「それは良いです。
治水は力仕事だが、人が倒れては意味がないですからね。」
号令が下ると、
南部領は一斉に動き出した。
木槌の音、
土を運ぶ掛け声、
舟で運ばれる石材。
川辺では、
修験者たちが地を読み、
普請奉行が縄張りを決める。
宗昭は堤の上に立ち、声を張った。
「恐れるな!
川は敵ではない。
我らが道を示せば、必ず従う!」
宗高はその背を見つめ、静かにつぶやいた。
「……これで南部は変わる。」
阿武隈川の流れは、
まだ荒々しい。
だが、その上に人の意志が、
確かに刻まれ始めていた。




