第六話 「峰雪の雫 蔵王権現酒、誕生 」
初夏。
蔵王山から流れ出す雪解け水が、村田の谷を潤していた。
宗高はその水を掌に掬い、口に含んだ。
柔らかく、冷たく、そして――澄んでいる。
「……この水だ。」
傍らの笹丸が眉を上げた。
「水、でございますか?」
「うむ。米も味噌も育った。次は“酒”だ。」
「酒……?」
「人の心を結ぶ飲み物だ。祝いにも、悲しみにも寄り添う。
この地の魂を、形にしてみたい。」
宗高の瞳は真剣だった。
初秋。
稲穂が大きく実り刈入れが始まる頃、黒前掛け組の面々を集める。
古い蔵の前に人々が集まり、宗高が宣言する。
「今日より、この地に“蔵王権現酒”を醸す!
黒前掛け組よ、準備にかかれ!」
味噌職人のお八重が口を押さえて驚いた。
「殿様、酒造りなんてしたことありませんよ。」
「だからこそやるんだ。」
宗高は笑う。
「米を蒸し、麹を育て、水を合わせる。
――あとは、心を澄ませばいい。」
宗高は現代で学んだ発酵の知識を思い出す。
温度、湿度、微生物の働き。
“科学”と呼ばれた知識を、この時代の“信仰”と融合させていく。
笹丸が甕を運び込み、忍びたちが夜通し薪を割る。
黒前掛け組の者たちは米を研ぎ、歌を口ずさみながら麹を混ぜた。
蔵の中は、まるで祭りのような活気に包まれた。
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やがて、ひと月が過ぎた。
蔵の奥では、ふつふつと泡の音が響く。
発酵の匂い――それは生きている証。
宗高は甕の中を覗き、手を合わせた。
「蔵王権現よ。この地に恵みを。」
笹丸が問う。
「宗高様。なぜ、そこまで“酒”にこだわられるのです?」
「人は、食えば満たされる。だが、飲めば笑う。
笑えば、隣の者と語り合う。
――笑いが続けば、国が続く。」
笹丸は黙って頷いた。
宗高が造るのは、ただの酒ではない。
人を結ぶ“絆の酒”だった。
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数日後、宗高は初搾りを行う。
布で濾された透明な液体が、光を受けてきらめいた。
「見よ……これが“峰雪の雫”だ。」
笹丸が盃を差し出す。宗高は静かに注いだ。
香りは清らかで、わずかに甘い。
笹丸が口に含み、目を見開く。
「……柔らかい。なのに、力がある。」
「この水の力だ。」宗高が笑う。
「山の雪、田の米、人の手。それが合わさって、この味になる。」
黒前掛け組の面々も次々と盃を口にする。
笑い声が広がり、蔵の空気が温かく満ちていく。
「殿様、この酒、名をつけましょう!」
お八重が叫んだ。
宗高は一瞬考え、空を見上げた。
蔵王の峰に、うっすらと雪がかかっていた。
「――蔵王権現酒 “峰雪の雫”。」
その言葉に、皆が頷いた。
笹丸はそっと宗高に囁く。
「この酒、いつか仙台の城にも届く日が来ましょう。」
「いや、いずれは江戸だ。」宗高は笑う。
「伊達の名を、この香りで響かせてやる。」
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その夜、宗高は静かな蔵の中で、ひとり杯を掲げた。
灯明の揺らめきが、酒面に映る。
「父上……見ていてください。
この酒で、人を、国を、笑顔にしてみせます。」
外では笹丸が月を見上げ、風の音を聞いていた。
蔵の中から漏れる香りが、夜風に乗って村中へと広がっていく。
村田の夜は、静かに、しかし確かに酔っていた。
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――それが、のちに仙台藩を代表する銘酒「峰雪の雫」と呼ばれる始まりであった。
味噌と酒、光と影。
宗高と笹丸、そして黒前掛け組と黒脛巾組――
その絆が生み出した一滴は、やがて村田を現代にて“村田市”へと変える礎となるのだった。




