第五十六話 「守る為の密談」
宗高の功績が伊達領内で広まり、幕府の褒美が“個人への処置”になった事で、一部の家臣からの噂に政宗は事態の深刻さを痛感していた。
宗高を讃える声は大きい。
だが、その影で揺れ始めた家中の感情も見逃せなかった。
「……宗高様ばかりが目立ち過ぎる」
「蔵王会は藩の力を超えようとしているのでは」
「忠宗様より宗高様が……」
そんなささやきが武士たちの間に滲み始めていた。
政宗は老臣たちに悟られぬよう、
片倉重長、伊達成実、そして嫡子・忠宗を密かに呼び寄せ、白石への道中にある隠し屋敷で密談を開いた。
障子を閉め切った座敷は、冬の空気が張り詰め、
囲炉裏の火だけがわずかに揺れている。
政宗は静かに口を開いた。
「宗高の働きは、伊達の誉れよ。
だが……幕府は宗高を“伊達家の力”とは見せぬ様にした。あくまで“個人の才覚”とし、そこに抑えを置いた。」
忠宗は悔しげに拳を握る。
「……弟、宗高が命を削るほど働いた結果が、
何故このような扱いに?」
政宗は皆を見ながら、
「外様の限界だ。
宗高の才は、今や老中の目にも眩しすぎるのだ。」
政宗の眼差しは深く読み難い。
だが、宗高を本気で案じているのが滲み出ていた。
片倉家当主・重長が静かに言葉を紡ぐ。
「宗高様が目立てば、妬む者が必ず出ます。
特に若い家臣らは、働きに不満を重ねやすい。
我らの代で“派閥”を生むわけには参りませぬ。」
重長は堅実で冷静な性格であるがゆえ、
宗高の人望が“逆に家中を割る可能性”を最も危険視していた。
成実も頷きながら、
「嫉妬、羨望、恐れ……火種としては充分だ。
わしも長く家中を見てきたが、こういう時こそ手当が必要よ。」
成実はひと呼吸置いてから提案した。
「宗高殿の働きは、確かに個の力だ。
だが、あれは“伊達家が長年育てた学問と技”でもある。
つまり──
宗高個人ではなく、伊達家全体の成果として扱う形に改めればよい。」
忠宗は拳を握りながら、
「だが、幕府は宗高殿個人へ褒美を与えた……」
成実は首を振る。
「それはあくまで“幕府の立場”だ。
我ら伊達家としては、
宗高を蔵王会の頭としてではなく、藩医療・藩商業の“総目付”として遇する。
そうすれば、家中も“宗高殿は藩の柱の一人”と理解すると思われます。」
政宗は満足げに笑みを浮かべた。
「……さすが成実よ。
幕府の褒美は個人でも、藩の評価は別にできる、か。」
続いて重長が続ける。
「蔵王会は今や大きくなりすぎました。
宗高様の私的組織と思われれば、幕府も家中も不安が募りましょう。
蔵王会の本部を“伊達家直轄”とし、宗高様はその筆頭役に座していただく。
これが最も摩擦が少ない。」
成実もうなずく。
「蔵王会の商権や医療権を“藩の庇護下”に置けば、
誰も文句は言えまい。
宗高殿個人に利が集中する疑念も晴れる。」
忠宗は胸をなで下ろした。
「宗高を守る役職づくり……これは良い。」
政宗はひとつ深く息をつき、皆を見渡した。
「宗高は、伊達家にとって欠けてはならぬ才だ。
あやつの才覚は、時代を動かすほどのもの。
だが、それがゆえに守らねばならぬ。」
「これより宗高を、
“伊達家 医療・商務総目付”
として遇する。
その上で、蔵王会は藩の直轄組織とし、
宗高個人への集中を和らげる。」
「これから先、要らぬ噂がたち伊達家の力を抑え込む可能性がある、一門衆、家臣一同は惑わされぬ様にせよ。」
忠宗、重長、成実は深く頭を下げた。
「御意。」
政宗は静かに天井を見上げる。
「宗高よ……おぬしの才は、伊達を救う。
ゆえに、わしが守ってやらねばならぬ。」
囲炉裏の火がぱちりと弾け、
その決断を祝福するように明るく揺れた。




