第五十四話 「皆が待つ村田へ」
蔵王会の救援活動が終息し、江戸に日常が戻り始めると、宗高が村田へ帰還する知らせは町人たちの間に瞬く間に広がった。
帰還するその日の朝、江戸港。
蔵王丸の周囲には、びっしりと人の輪ができていた。
「宗高様! 本当に、お世話になりました!」
「我が家は皆、あなた様のおかげで助かりました!」
子どもたちが手を振り、女衆は涙を拭き、
商人たちは深々と頭を下げる。
宗高は丁寧にひとりひとりへ言葉を返す。
「皆が力を合わせたからこそ、この江戸は立ち上がれたのです。
蔵王会は、その手伝いをしたに過ぎませぬ」
「宗高さまー! ありがとうございます!」
「江戸の養生処、ありがたいことで!」
声が重なり、港いっぱいに広がった。
見送りに来た寺の僧侶たちが合掌し、
武家の使者たちは「深甚なる御礼」と改めて頭を下げる。
蔵王丸の帆が上がると、風が船体を押した。
出航の太鼓が鳴り、波が白く砕ける。
宗高は最後まで江戸の町を見つめ、胸の奥で静かに呟いた。
「江戸よ……どうか、再び元気な姿に戻れ」
その言葉に応えるように、岸から無数の声が響いた。
『「宗高様、ありがとうございますーー!!」』
江戸港は、春の光に包まれていた。
宗高が船員たちに声を出す。
「さあ!村田へ帰ろう!」
宗高らを乗せた蔵王丸は、皆が待つ村田へと船首をむけるのだった。
蔵王丸が荒浜新港に着くと、村田からの出迎えがすぐに駆けつけた。
「殿の御帰還!」
「江戸の救済、誠に見事にございました!」
その中に、宗高が探していた姿があった。
結姫。
そして、結姫が抱き抱えている――雪王丸。
まだ一歳を過ぎたばかりの幼子は、結姫に「とうさまですよ」と言われ、父の姿を見つけると目を丸くし、次の瞬間、喜びに弾けた。
「……とぅ?!」
その小さな腕を思いきり伸ばしていた。
宗高は抱きとめ、その小さな体を胸に引き寄せた。
「雪王丸……大きくなったな」
幼子は父の頬に手を触れ、安心したように笑う。
結姫が近づき、深く頭を下げた。
「殿……お戻りを、心よりお待ちしておりました。
江戸のご様子と殿のことが、心配で……」
宗高は結姫の手をそっと取った。
「大丈夫だ。江戸は立ち直る。
おまえと雪王丸に会えることを思い、日々の務めを果たしてきた」
結姫は安堵に涙をにじませながら微笑む。
「……お疲れでございましょう。今宵は、心ゆるりとお休みくださりませ」
「いや、まずは家族と過ごしたい。
雪王丸の声も、結の笑顔も……恋しかった」
そう言うと、結姫は頬を紅くしながら小さく頷いた。
周囲では蔵王会の仲間たちが温かく見守っている。
「殿、おかえりなさいませ!」
「次は村田の整備でございますな!」
「まずは家族水入らずのお時間で!」
笑顔と歓声が港に広がった。
宗高は結姫の手を握り、雪王丸を抱きながら言った。
「さあ、村田に戻ろう。
江戸の春も良かったが…村田の春は、何より美しい」
荒浜の潮風は穏やかで、
家族の再会を祝うように、きらめく光が広い海原に揺れていた。




