第五十三話 「幕閣の思惑」
江戸中を揺るがした流行り病は、宗高と蔵王会の献身によって沈静化へと向かった。
武家も町衆も回復者が増え、江戸の空気が徐々に明るさを取り戻すにつれ、ある話が自然に広まる。
「伊達の若殿が江戸を救った」
「村田の宗高様こそ、今回の恩人だ」
武家屋敷からは感謝の書状が山のように届き、
町人たちは蔵王会の者を見れば深々と礼をした。
寺社も宗高の祈りの力に敬意を示し、協力を惜しまなかった。
しかし——
この名声の高まりを、苦々しく見つめる者たちがいた。
江戸城・御用部屋。
老中たちは静かに文を読み、「ふむ」と唸り声を漏らした。
「……宗高殿の働き、確かに見事。江戸は大いに救われた」
「だがこれを伊達家全体の功とされては困る。外様大名が力を増す口実となろう」
ひとりの老中が扇を畳み、低く続けた。
「褒美は“伊達宗高個人”に与える。伊達家ではない」
「おお、なるほど」
「宗高殿はまだ若く、家中での影響力も限られる。個人を立てれば、伊達家全体の功にはならぬ。」
そしてもうひとつ、重要な決定がなされた。
「宗高殿に新たに設置させる養生処は、幕府直轄の“江戸養生処”とする」
「幕府の医療施設向上という名目で、伊達の影響を薄めるのだ」
彼らにとって宗高は、
「利用価値のある外様の若者」
であった。
宗高の名声は認めるが、権勢までは渡さない——
それが老中たちの本音である。
後日、宗高は江戸城へ呼び出された。
病が収まりつつあるとはいえ、城内は緊張した空気に満ちている。
家光は宗高を見下ろしながら、ゆっくりと口を開いた。
「宗高、そなたの働き、誠に見事である。
江戸の民より多くの感謝の声が上がっておる。」
宗高は深々と頭を下げた。
「恐れ入ります。皆の力を合わせた結果にございます。」
家光は満足げに頷き、老中たちが控えの間から文箱を運んできた。
「褒美として——宗高、そなたに今回新たに新設する“江戸養生処 医薬掛支所名誉所長”の名を授ける。」
「また、祈祷所増設の費用として金五百両を下す。」
宗高個人への褒美——
伊達家への功としては残らぬよう、老中の意図が透けて見えた。
しかし宗高は政治の思惑など超えて、ただ一つだけを思った。
「……これで江戸がまた救われるなら」
その顔に迷いはなかった。
幕府の決定は早かった。
江戸の本所に新たな施設を設け、薬草園、薬草庫、水場、祈祷所を整備し江戸養生処建設の命が下される。
宗高が江戸へもたらした薬草茶や薬膳粥は「養生食」として
幕府直轄で管理されることとなり、
宗高の持ち込んだ技術や知識は“幕府の制度”として組み込まれた。
そこでは
「薬草の栽培」
「薬膳知識の伝授」
「僧や修験者との協力」
「江戸の医師との共同研究」
「災害・病時の炊き出し体制」
が常に整えられることになった。
宗高は蔵王会の仲間——
右近や正太郎、薬草を扱う者たちと共に設計図を引き、修験者たちと僧侶を常駐させるための部屋を整えた。
江戸の民は新たな養生処を見て歓声を上げた。
「ありがてぇ……これでまた病が出ても怖くねぇ!」
「伊達の宗高様、蔵王会のおかげだ!」
だが宗高は首を横に振り、静かに答えた。
「江戸を救うのは、皆の力だ。
我らは、ほんの手助けをしただけ。」
その姿は、政治の計算とは関係なく、
江戸の民の心に深く刻まれていった。




