第五十一話 「広がる協力と葛藤」
寺社での養生処設置、薬草茶、薬膳粥の炊き出しは評判となり、
「町衆をこれほど救っている者たちがいる」と評判は瞬く間に広がった。
最初は遠巻きに様子を見ていた武家屋敷の者たちも、
家臣や奥向きに体調を崩す者が出ると、
「我らも協力できることがあれば」
と使者を送り、物資や人手の支援を申し出るようになった。
重い症状の者が集まる養生処では、宗高が静かに祈祷を続けていた。
額に汗を滲ませながら、ひとり一人の胸元に手を当てる。
青白かった顔に、じわりと血色が戻り荒かった息が徐々に整っていく。
祈祷を見守っていた者たちは息を呑んだ。
「……助かったのか?」
「権現様の御加護か……!」
症状の重い者ほど変化は劇的で、
蔵王権現の“働き”は確かに江戸の人々の目に映った。
やがて救われた者、回復した者たちが家族に支えられて顔を上げ始める。
病で沈んでいた町に、少しずつ明るさが戻り、
宗高たちの前には、町人たちが頭を下げた。
「ありがとう……ありがとうよ」
「こんな時代に、あなた様がいてくれてよかった」
涙を流す者、手を合わせる者、
宗高へ深々と礼をする者も現れる。
宗高はそのたび静かに首を振るだけだった。
「救えたのは、皆の力を合わせた結果だ。
我は、その手助けをしたにすぎぬ」
武家屋敷からの協力は、やがて単なる支援申し出にとどまらず、
「この危機をどう乗り越えるか」をともに考える段階へ進みつつあった。
ある大身旗本家では、家中の医術に通じた者を養生処へ派遣し、
別の屋敷では米俵や薬草の買い付けを肩代わりした。
さらに、奥方や女中衆のあいだで噂が広まると、
「子どもたちのために」と、清潔な布や手拭が大量に届けられるようになった。
江戸の武家社会は面子を重んじる。
それでも、今回ばかりは町衆との垣根を越え、
「皆の安寧のために動くときよ」
と、多くの者が静かに動き始めた。
その変化は、宗高たちの活動にとって大きな追い風となった。
だが一方で、宗高の身体には確実に“負担”が積み重なっていた
連日、重症者が運び込まれる。
宗高が蔵王権現に祈祷を捧げるたびに、
まるで体力と気力の“芯”が削れるような感覚があった。
蔵王権現の力は強大だ。
ゆえに、祈祷を媒介する宗高自身の負荷もまた大きい。
ある夜更け――
養生処の裏手で、宗高は壁に手をつき、膝を折りかけた。
「……また、来たか」
視界が揺れ、血の気が引く。
胸奥に重い石を押しつけられるような痛み。
その様子に気づいた右近が駆け寄った。
「殿!大丈夫でございますか!」
「無理をされては……!」
宗高は、震える息を抑えながら答えた。
「我を頼って来る者たちを……見捨てるわけにはいかぬ。
あの者たちの“命”が、我に懸かっておるのだ」
右近はさらに食い下がる。
「ですが、殿が倒れてしまっては元も子もありません!」
宗高は言葉を飲み込み、拳を握る。
その拳は、悔しさと、自分の限界を知る恐れで震えていた。
そんな折、寺社の中でも影響力のある寺の僧侶が宗高のもとに訪れた。
「宗高殿。貴殿の働き、江戸中の寺社でも噂になっております。
しかし——今のままでは身が持ちませぬ。」
僧侶は深く頭を下げた。
「どうか、我らにも祈祷の一端を担わせてはいただけぬか。
山岳修験に通じた者もおり、術や作法を学んだのもおります。
これ以上、宗高殿ひとりに背負わせるわけにはいきませね」
その申し出は、宗高の胸に重く響いた。
必要なのはわかっている。
自分ひとりでは背負いきれない。
しかし——
「蔵王権現の力は、軽んじて扱えるものではない。
誤れば、祈る者も救われるはずの者たちも危険に晒す。」
宗高は苦しげに目を伏せた。
宗高の心には、二つの思いが激しくせめぎ合っていた。
ひとつは、
「もっと多くの人を救いたい」という願い。
もうひとつは、
「力を扱う責任と危険」を知る者としての恐れ。
もし祈祷を分担する者が未熟なら、
蔵王権現の怒りに触れる可能性すらある。
しかし、宗高自身が限界であることも、誰より本人がよくわかっていた。
その夜、宗高はひとり養生処の灯の下で、長く息を吐いた。
「……どうする、宗高。
人を救うために授かった力が、今は……我を削ってゆく。」
江戸の救援活動が広がる中で、
宗高の胸には、重い決断が迫り始めていた。




