第五十話 「江戸養生処」
幕府から許可を得た宗高たちは、すぐさま江戸市中の寺社を巡りはじめた。
向かった先は、浅草寺、増上寺、神田明神など、江戸庶民が多く集まる寺社である。
最初に訪れた浅草寺では、住職が宗高たちを迎えた。
「……病の件でしょうか?」
宗高は丁寧に頭を下げる。
「はい。
江戸で広がる病を前に、村田より薬草と口覆いの手拭いを持参いたしました。
寺に“養生処”を設け、病人の手当てや薬膳の配布を行いたく、
どうかお力添え願いたい」
住職は深くため息をついた。
「願ってもないことです。
寺にも病に倒れる者が増え、手も回らなくなっておりました。
何なりとお使いください」
「ありがとうございます。
必ず江戸を立て直してみせます」
宗高の強い眼差しに、住職は胸を打たれた様子で何度も頷いた。
寺社の本堂脇、境内の一角……
使える場所から次々と“養生処”が整えられていく。
右近が手早く指示を飛ばす。
「布団を並べよ! 病人を寝かせるのだ!
正太郎、荷車から薬草袋をこちらへ!」
「はいっ!」
蔵王丸から運んだ薬草袋が山のように積まれ、
女衆が縫った白石木綿の手拭いが籠に並べられる。
宗高は自ら薬草湯の調合を行いながら声をあげた。
「まず喉を潤させ、体を温めること。
息苦しい者にはこの薬草袋を枕元に置け!」
兵部と十蔵が記録をつけ、
菅野と有見は寺内の導線を整え、
佐藤が治安の見回りにあたる。
“蔵王七翼”が見事に動き、
江戸の寺社は瞬く間に救護の拠点となっていった。
境内の大釜には湯が沸き、薬草束が入れられ、
温かい香りが立ちのぼった。
米、根菜、薬草を合わせた薬膳粥が出来上がる。
宗高の村田で生まれた“医食同源”の知恵が、ここで江戸を救う力となる。
「おっとう……これ、食べて…」
子どもが薬膳粥を父に差し出し、父は震える手で受け取った。
「ありがてえ……ほんに、ありがてえ……」
粥の湯気が上がると、
周囲の病人も、付き添いの者も、
皆が安堵の息を吐いた。
境内では正太郎が大きく声を張り上げている。
「症状がある者は左へ向かって視立て所へ!
ない者は右へ!互いに一間ほど間を開けてください!」
「薬膳粥は焦らず並んでください! 必ず皆に渡ります!」
疲労困憊の顔でありながら、
その声は強く、よく通った。
宗高が近づくと、正太郎は手拭い越しでもわかる笑みを見せた。
「宗高様……江戸の人々、皆、感謝しております。
この薬草茶を飲んだだけで、体が少し楽になったと……!」
「これからが本番だ。
寺社ごとに養生処の規模を広げ、
江戸の市中へ薬草茶の配布を進めるぞ」
「はいっ!」
夕刻になると、浅草寺の境内には灯がともり、
薬膳粥の列は絶えることがなく続く。
しかし、朝に比べて咳の音は少し減り、
人々の表情にわずかな安らぎが戻り始めていた。
宗高は境内の高台に立ち、
赤く染まる江戸の空を見上げる。
「――蔵王権現よ。
どうかこの江戸を守り給え。
我ら、全力で支えますゆえ」
彼の祈りは静かに空へ溶け、
夕風がそっと寺の境内を撫でていった。




