第四十八話 「出航!江戸救援へ」
宗高の指示が広がると、村田・白石・亘理は一気に慌ただしさを増した。
特に女衆の働きは迅速だった。
「白石木綿を持ってきたよ! 縫い子はこっちで並んでおくれ!」
「はい! まずは口と鼻を覆い用に細長く裁っていきましょう!」
広間には白石木綿の反物がずらり並び、若い娘から年配の女衆までが一斉に手を動かす。
針の音がチクチクと響き、
糸を引く指先は、まるで戦の準備のように迷いがない。
「江戸の人たちが少しでも守られますように……」
「蔵王会の印、隅に入れた方がいいかね? 庄太郎さんらが配るとき分かりやすいように」
「いや、今は多くの人に渡るように数を多く作りましょう」
結姫も袖をまくり、女衆の輪の中へ入った。
蔵王の薬草に詳しい彼女は、薬草袋に添える「香封じ」の調合も行っていた。
「この薄荷と白朮の香りは、気を鎮め、息を楽にするはず。……江戸の皆が無事でありますように」
彼女の声は祈りのようだった。
荒浜新港では、すでに蔵王丸の積み込みが始まっていた。
乾燥させた薬草、生薬、根菜、果実の砂糖煮、保存食、米、味噌など積めるだけ数多くの品を積み込んでいた。。
そして女衆が次々と運び込む白石木綿の手拭いの束も。
「荷の固定を急げ!
天候が荒れぬうちに出すぞ!」
港の男衆の声が響き、蔵王丸の帆が風を受けて揺れた。
右近は船の準備を確認しながら宗高へ言う。
「殿、準備整い次第、すぐ出航できます。
江戸は遠いですが、流れに乗れば7日から8日で着きましょう」
「うむ。皆の力、必ず江戸へ届けるぞ」
宗高は空を見上げた。冬を告げる淡い雲が西へ流れていく。
「……庄太郎、どうか持ちこたえてくれ」
静かな祈りが港風に溶けた。
村田の町は、この短い時間でひとつの大きな生き物のように動いていた。
武も農も商も、老若男女に関係なく、ただ「江戸のために」という思いでまとまっていた。
その中心に立つのは宗高と結姫。
結姫が作業を終えた女衆に声をかける。
「皆さま、本当にありがとうございます。
これで、江戸の人々がどれほど救われるか……」
「そりゃ、殿さまの働きに応えたいだけさ。
江戸に行く皆が無事に戻るよう、祈ってるよ」
宗高と結姫は互いに視線を交わし、小さくうなずいた。
――蔵王で育った薬草と知恵を、
――村田と白石の人々の手で形にした温かな布を、
――亘理の男たちの力強さを
出航支度を急ぐ宗高の背に、そっと結姫が寄り添った。
腕にはまだ幼い雪王丸が抱かれている。
「殿……江戸の病、怖ろしいこと。
でも、あなたならばきっと救えます。
どうか……どうかご無事で」
宗高は優しく微笑んだ。
「村田の地に病を持ち込ませぬため、病が収まるまでは帰れぬだろう。結...いずれ必ず戻る。
蔵王の加護も、お前の祈りもある。雪王丸もいる、私は負けぬ」
結姫は涙をこらえ、そっと夫の手を握ったのだった。
荒浜新港の夜明け前。
水平線の向こうが、かすかに藍から白へと変わり始める。
冷たい海風が吹きつけ、港に停泊する蔵王丸の帆が、ばさばさと揺れた。
しかし、その場に立つ者たちの胸には凍える寒さよりも、使命の熱があった。
「全員、持ち場につけ!」
右近の声が港に響く。
船員たちがロープを締め、荷を確認し、船体を叩いて点検する。
港の岸壁では、宗高が静かに空を見上げていた。
まだ太陽は出ていないが、東の空に白光がすっと伸びている。
「……どうか、皆の思いを江戸の人々へ届けてくださいませ」
「必ず届ける。
結、おぬしの薬草袋も、この手拭いも……江戸の人々にとって大きな力になる」
宗高は彼女に深く頷き、船へ向かおうとする。
その背へ結姫は声をかけた。
「――宗高さま。ご武運を」
宗高は振り返らず、ただ掌を軽くあげて応えた。
それだけで、互いの心は十分に通じている。
港の岸には、村田・白石・亘理から集まった大勢の人々が立ち並んでいた。
「江戸の皆を頼んだぞ!」
「気をつけてな!帰りを待っているからな!」
次々と差し出される祈りの言葉。
そのすべてが、出航する者たちの背を支えた。
白石木綿の手拭いの束が船倉へ収められた瞬間、港の空気が一段と引き締まる。
東の空から、ほのかに朱色が差し込んだ。
「――来たぞ、日の出だ」
右近が呟いた。
まるで、この瞬間を待っていたかのように、太陽がゆっくりと海面から顔を出す。
宗高はその光を受けて声を張り上げた。
「蔵王丸!
これより、江戸へ向かう! 出航!!」
「「「おお――っ!!」」」
掛け声が港にこだまし、白い帆が一斉に上がる。
帆が風をつかむ音が、海の上に響き渡る。
ゴウ、と風が吹き、船体がきしむ。
蔵王丸が白波を切り裂くように進んでいく。
岸で見送る結姫は、胸で手を合わせ、船影が遠ざかるのを見つめていた。
「どうか……どうか皆さま、無事で……
そして殿…宗高様…必ず戻ってきてくださいませ……」
彼女の眼差しは、冬の海の向こうを超えて、江戸へ向かう宗高たちを追い続けた。
宗高は振り返り、遠ざかる荒浜新港を見つめた。
港の人々、村田の民、結姫の姿が小さく見える。
「……全ての想いを、必ず江戸に届ける」
その言葉は、冬風の中に静かに溶けながらも力強く響いた。
蔵王丸は朝日に照らされ、
まるで白い鳥が大海へ飛び立つように、江戸へ向けて進んでいった。
こうして――
三つの領地から蔵王会の総力を積んだ船が荒浜新港から出航した。
宗高はその先頭に立ち、江戸へ向けて舵の指揮を取る。
江戸に迫る流行り病。
蔵王権現の加護を持つ宗高の新たな戦いが始まろうとしていた。
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