第四十話 「政宗、村田城に馬を寄せる」
春まだ浅い村田の城下に、凛とした馬蹄の音が響いた。
伊達家の旗指物がはためき、仙台からの行列がゆっくりと近づいてくる。
「……父上が来られたか。」
宗高は胸を整えながら門前に立つ。
家老・福地右近、蔵王七翼、そして城中の者たちが緊張に満ちた表情で並んでいた。
政宗は馬上から景色を見渡し、目を細めた。
「ほう……村田は、ずいぶんと賑やかになったではないか。
以前とは見違える。」
「父上。ようこそ村田へ、お越しくださいました。」
政宗は馬から軽やかに降り立ち、宗高の肩に手を置いた。
「よい、よい。堅苦しい挨拶はあとでよい。
……で、どこだ。」
宗高は一瞬、目を瞬かせた。
「……どこ、と申されますと?」
政宗は口元をわずかに緩ませた。
「決まっておろう。
雪王丸だ。」
右近や家臣たちがどっと笑みを浮かべる。
宗高だけが、妙に胸がくすぐったくなり、思わず背筋を伸ばした。
「……はい、こちらに。」
城内の離れ。
結姫が大切に抱く雪王丸は、ちょうど昼寝から目覚めたところだった。
結姫は政宗に深く頭を下げた。
「義父上様……雪王丸にございます。」
政宗は結姫の礼儀正しさに目を細め、
「よう来てくれた。宗高にはもったいないほどの嫁よ。」
と柔らかく言った。
結姫は頬を赤らめた。
雪王丸はつぶらな瞳で、政宗をじっと見つめていた。
「おお……この目は、宗高よりも強いな。」
政宗はゆっくりと手を伸ばし、赤子を抱き上げた。
老練の武将の腕に、柔らかな命が乗る。
「軽い……だが、ただ者ではないぞ、この子は。」
宗高は思わず聞き返した。
「父上、ただ者ではないと?」
政宗は雪王丸の額に指を当てながら、静かに言った。
「この子は、民のために生まれた目をしておる。
――領を、国を癒す者の目だ。」
宗高はその言葉に胸が熱くなった。
「……父上にも、そう見えるのか。」
「親としての贔屓目などではないぞ。
わしは長年、数多の人間を見てきた。
この子はきっと、おまえが築いた“村田の道”を更に広げる。」
雪王丸は政宗の手に手を伸ばした。
小さな指が、政宗の指をつかむ。
政宗は驚き、そして笑った。
「はははっ……力のある子よ。
雪と王の名、なるほど相応しい。」
結姫は涙ぐんだ。
「義父上様……雪王丸を、そう見ていただけるとは……。」
政宗は優しい声で続けた。
「結姫、そなたが育てる子だ。
良い子に育つ。
――宗高、そなたも良うやった。」
宗高は深く頭を下げた。
政宗は懐から、小さな布包みを取り出した。
「雪王丸の誕生祝いに、これを贈ろう。」
中には、銀でできた小さな護符――蔵王権現の刻印が彫られた特注品だった。
「京の仏師に作らせた。
蔵王の神気を宿す形にしてある。
この子の行く末に、加護があるようにな。」
結姫は深々と頭を垂れた。
「ありがたく頂戴いたします。」
雪王丸は護符をじっと見つめ、小さく笑った。
政宗は思わず目を細める。
「……良い笑いじゃ。
宗高、父としての務めを、しっかり果たせ。」
宗高は静かに頷いた。
「はい。
父上に誇れる、村田と雪王丸を育ててまいります。」
政宗は満足げに立ち上がった。
「よい。
では雪王丸、また会いに来るぞ。
大きくなっておれ。」
雪王丸は小さく手を振った――ように見えた。
政宗の顔が一瞬、ほころんだ。
「……よい孫じゃ。」
帰り支度を整えた政宗は、宗高の耳元で静かに囁いた。
「宗高。
村田は――
雪王丸は――
おまえにしか守れぬ。」
宗高はその言葉を胸に刻んだ。
「はい。必ず。」
「その覚悟があれば十分だ。」
政宗は馬に乗り、村田城を振り返った。
「雪王丸よ……
新たな伊達の光となれ。」
春の風が吹き抜け、政宗の白い羽織がなびいた。
村田にとって忘れ得ぬ一日となった。




